花は灯、舟は闇路に還りゆく(05)

 美作さんに先導されて家の前に着き、わたしは想像以上にしっかりとした門を見上げた。周りは殆ど同じような建物ばかりなのに表札は見当たらず、決して狭くは無い庭にも特徴が無い。複数の人たちが住んでいるというのに、生活感はまるで漂っていない。ここまでの道中と変わらない、無彩色な無機質さだけがあった。
「一人で出かけたら、この家がわからなくなりそう」
 感じた通りのことをそのまま呟くと、美作さんは愉快そうにはははと笑った。
「俺も最初はそうだったが、まぁ、慣れだな。もっとも、慣れるころには去ることもあり得るが」
 言いながら、大きな両開きの玄関に向かう。そこだけを切り取れば、まるで教会のようにも見えた。
 死後の世界だからだろうか、いや、死後の世界だからこそだろうか。無彩色で無機質なこと以前にこの島が持つ違和感を、わたしは確かに感じている筈なのに、上手く言葉に出来ないでいる。
「ここで暮らすのは不安かな?」
 建物をじっと見つめたままのわたしの様子を見て、美作さんが訪ねてきた。ここ、という言葉には、きっとこの島――ナラカと、わたしが今から住むことになるこの家の二つの意味合いがある。
「不安が無い、っていうわけじゃないですけど……大丈夫、だと思います」
 もしここに住むことを拒否したとしても、わたしには他に行くところなんて無い。それに他に住んでいる人はわからないけれど、終夜さんも美作さんも悪い人には見えなかった。むしろ、良い人達なのだろう。生前の記憶はなく、基準にするものなんて無いのに、わたしは第一印象だけでそうと直感していた。
 なあ。
 不意に、扉の奥から声がした。真ん中からきぃと開き、今度は――船にいた子とはまた別の――灰色の猫が顔を出す。青い目でわたしたちを見回し、再びなあと鳴いた。よく見ると、白い首輪が巻かれている。ここで飼われているのだろうか。
「ただいま」
 美作さんに応えるように、猫は目を細めてわたしたちの足元を一周した。終夜さんが慣れた手つきで抱き上げ、わたしによく見えるように近付けてくれる。
「こんにちは、初めまして」
 なあ。
 猫が返事をした。船の猫に会った時も感じたけれど、この島の猫は、もしかしたらわたしたちの言葉がわかるのかもしれない。死んでしまっているからだろうか。猫の顔を覗き込んでいると、半開きだった扉がまた微かに揺れた。
「にに、そこにいるの……?」
 三つくらいの小さな男の子が、細く開いた隙間からこちらを覗いている。なあ、と居場所を知らせるように再度鳴き、猫は終夜さんの腕からするりと降りた。扉の中に戻り、男の子に頬ずりをする。
「れん、ただいま。ほら、新しく一緒に住むお姉ちゃんだよ」
 美作さんが、そう言ってわたしを示す。けれど男の子は、酷く怯んだ顔でこちらを見上げるだけだった。扉の奥に身体を押し込めるようにして、身体全体を隠してしまう。そしてそれと同時に、建物の奥からとんとんと誰かが駆けてくる音が聞こえた。
「れん! 一人で外に行ったらあかん言うたやん、危ないやろ!」
 歯切れのいい高い声。美作さんがやれやれと呟いて扉を開け、玄関まで来ていたその人に呆れた声で告げる。
「玄関までだから大丈夫だ」
「そうなん? なら良いんやけど。センセ、終夜もおかえり。それから――わっ、女の子やん!」
 聞き慣れない口調が跳ねる。美作さんの影から顔を出すのと同時に、華奢な女の人が抱きついてきた。
「女子が増えて嬉しいわぁ! よろしくしてな!」
「は、はい」
 怒涛のような彼女の反応に、わたしは困惑しながらも応えた。肩でくるくると渦を作る明るい色の髪が、わたしの頬をくすぐる。
「サツキ、あかりちゃんが引いているぞ。離してあげろ」
「あかりちゃんって言うんや。かわええなぁ。セーラー服ってことは、女子高生やったんなぁ」
 美作さんの言葉を半分無視して、女の人はわたしの顔を覗きこんで来た。終夜さんと同じ位か、少し上――だと思う。目がぱっちりした、凄く綺麗な人だ。緊張しながら、わたしはまだ馴染の無い私の名前をもう一度発音する。
「ふじさき、あかりです」
「うちは皐(さつき)っていうん。ここにはうちしか女子おらへんから、色々頼ってな。今晩ご飯も作ってるし、今日はゆっくりし」
「食事、作ってるのか?」
 皐さんの言葉を汲んで、土間から廊下に上がりかけていた美作さんが振り返った。
「せや。新しい人が来たら作るって、ヤエちゃんが言うとったもん。ここの身体に慣れてへんから、最初のうちは食べた方がええって」
「そうだ。しかし、俺はそういう意味で聞いてるんじゃない。お前が作って大丈夫なのか、ということだ」
「ひどっ! どういう意味それぇ!」
 皐さんの声に、傍にいた男の子がびくんと身体を震わせる。とてとてと終夜さんに駆け寄り、先ほどの猫のように抱き上げられた。
 うるさくてごめんね。終夜さんが、そう言いたげな苦笑をわたしに送る。
 おそろしく、無口なひと――港からこれまで、わたしは彼の声を一言も聞いていない。優しげな目を伏せ、彼は男の子を抱いたまま家の奥へと向かって行く。なあと猫が鳴き、その後を追った。
「――あの、」
「さて、あかりちゃん」
 終夜さんに掛けかけた声を、美作さんが遮る。
「まずは君の部屋まで案内しよう。付いてきてくれないか」