花は灯、舟は闇路に還りゆく(04)

「今朝、知らせが入ったんだ。船が着くとな」
 港から伸びる石畳の道で、隣を歩く美作さんが言った。道は少しずつ海沿いから離れ、視界の奥には建物の群が見え始めている。緩やかな上り坂の上、建物は無機質な白く四角い外観に統一されてはいたが、微かに人の声や音がする。遠くに生える煙突からは煙りが立ち、時計台らしく鐘の音が聞こえた。死んでしまった後だと思えない程、それらは違和感なく――そう、ごく自然に人の生活が営まれていることをわたしに知らせる。
「うちに来るだろうとは思っていた。一人発てば、一人招かれる。俺はうちで一番長く居座っているが、このサイクルが外れたことは一度も無いのだからな」
「ええと――どういうことですか?」
 美作さんの言っていることがわからず、わたしは首を捻る。
「あかりちゃん。君は死んでいるね?」
 あかり。頭よりも口が覚えていたその音が、わたしの名前であるらしい。名前であることの実感はまだ無い。けれど他の名前があるのかと言われればあるはずもなく、わたしは流されるままに、自分のことを『ふじさきあかり』と認識した。
「――はい」
 答えると、美作さんはふふ、と小さく笑った。
「良かった。これを聞けば、たまに逆上する奴もいるんだ。まだ死んでない。自分が死んでいる筈はないと言いながらな。まぁ、そう理性で思う気持ちもわかるが」
 そこで一度言葉を切り、君も、そして――二歩ほど後ろを歩く終夜さんを一瞥して――俺達も、と美作さんは付け足した。
「本能的にわかっているはずだ。自分は死んでいる。現世での生が終わり、もう引き返すことはできないと」
「……そうですね」
 引き返せない。わたしが乗ってきた船は、わたしを置いてまた水平線の奥の闇へと還っていった。
「この島にいるのは、全員現世で死んでいる連中だ。俺も、終夜も、屋敷にいる他の住人も。現世で死に、この島にやって来た。そして、誰が決めたか知らないが――少人数のコミュニティを作って、一つの屋敷を共同で使って生活している」
 美作さんの言う事に、わたしはただぽかんとするだけだった。ここは死後の世界。あの世だ。川だったり、星空だったり、花畑だったり、地獄だったり天国だったり。現世で覚えたらしきイメージは何通りもあるし、海の向こうに死者の国がある、という伝説も確かにあったような気がする。けれど、生きていた時と同じように生活――しかも、知らない人たちと共同生活をするなんて――当然ではあるけど、聞いたことも無いことだった。
「とはいえ、初日から深い話をしても整理しきれないとは思う。この身体に慣れてくるように、島自体のことも追々わかっていくだろう。ただ便宜上、うちの屋敷ではここのとこをナラカと呼んでいる」
「ナラカ、ですか」
 知っているような知らないような、変わった響きの単語だった。美作さんは頷く。
「住人はここで過ごした後――その長さは人ぞれぞれだが――順々に再び船に乗ってこの島を去る。海に、呼ばれるんだそうだ」
 海に呼ばれて。
 そして、その後は何処へ行くんだろうか。あの闇の中へ? それとも、また別の所へ? わたしは死んで闇の中からここへ来たけど、この後は何処へ行くと言うのだろうか。
 なだらかな道は、目の前で二つに分かれていた。美作さんは脚を止め、片方の道を視線で指す。
「向こうに行けば商店街なんかがあるが、今日の所は、真っ直ぐ屋敷に帰ろう」
「お店もあるんですね」
「ああ。行けばきっと驚くぞ。まるで現世と同じように食料や衣服が売られているし、欲しいものは何でも手に入る。また明日にでも行ってみたらいい。――さぁ、あそこが今から君が暮らすところだ」
 美作さんが手で示した場所を見た。緩やかな傾斜の上。暗緑色の木々に囲まれて、他のそれらと同様に白くのっぺりとした建物があった。