Sparrow!!--#3.5:Run(02)

 彼女――宝生雛の乗った試用機は大きな破裂音を上げた後、普通では有り得ない振動と軌道をもって空中をめちゃくちゃに暴れ回った。体を人形のようにしならせ、今にも吹っ飛ばされそうな彼女の様子は、他人事ながらに背に冷たい汗が伝う程の状態だった。途中で翔が回線をリンクさせた辺りで少し落ち着き、それからは制御できないながらも安定した姿勢をキープしていたものの、一歩間違えれば大事故に発展していただろう。
「はっ」
 しかしこちらが詳しく説明した甲斐も無く、黎二はそれを軽く鼻で笑って一蹴した。
「んなもんビギナーズラックだろ。だいたい、対戦相手のいない状態で乗るくらい誰だってできる。お前、目ぇ腐ってんじゃね? それか、わざわざ煽るために来たのかよ」
 一気に虫の居所が悪くなった黎二の態度に、颯介はじわりと焦りを覚えた。意識するなするなと自分に言い聞かせていた懸念が、コーヒーに放り込んだクリームの速度で胸に広がっていく。
 お前は、もっとふさわしい奴を選ぶと思ってた。
 昼に黎二が翔に言ったことと、その時の感情が蘇ってきた。ふさわしい奴? 誰の事? まさか――
 何でもない表情を装っていたが、あの時の黎二の態度には正直驚いた。いつもなら、あんな初心者の女の子相手にキレることなど殆ど無い。確かに自分も、少しは馬鹿にしてしまった。それはそうだが、わざわざ望月瑠夏のことを混ぜてまで、実るかどうかも分からない話をしている素人を怯えさせる意味が、あの時の颯介には全く不可解で、同時に一抹の不安も覚えさせた。
「そうじゃない。たださ、フロースピンを決めてたから、少しびっくりして」
 フロースピン。この単語を出せば、こちらが危機感を持っている理由くらいわかるだろうと思った。フォール――機体同士の接触で、相手をグランドに落とすラフプレー――を無効化する、現チャンピオンである那智清天(なち きよたか)の得意技。
 フォールの原因は接触の衝撃でフロートエンジンが起こす一瞬の機能停止で、選手は成すすべなく地面へと落とされる。機体の一部でも地面に付くと退場になるルールがある以上、フォールを受けることはイコールその試合に敗北するということだ。操縦士でも整備士でも機体の操作が不可能になるため、一度されたら諦めるよりないというチートなプレーだが、それを柳に風というように飄々と受け流すのがフロースピンなのである。
 元来フォールは、あからさまに故意的だと反則負けも取られる諸刃の剣だ。が、FMマッチは限られた範囲内を二組で飛び合う競技だ。機体同士の接触は避けては通れず、荒っぽい操縦をするタイプの操縦士には、フォールをさせることを勝利する手段に数えている者もいる。無論、黎二もそういった系統の選手だ。
「あれは、素人にできる技術じゃないよ。まぁ、黎二の言うとおりビギナーズラックの可能性の方が高いけど。もしかしたら、試合に出るころには技術として身に着けてるかもしれない。だから、こっちも肝に銘じとかないと――」
「颯介」
「ん?」
 ゴッという鈍い音。視界に星が舞い飛ぶと共に、額に頭蓋骨が割れそうなほど痛烈な痛みが走った。
「っっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
「タコが。何ケツの穴ちっせぇこと言ってんだ」
「ちょっ、か、顔はやめろっていつも言ってるだろ!!」
「顔じゃねぇだろ!!!!」
 眩む頭蓋に、黎二の怒号がごんごんと響く。
「一緒だよ。それに俺が馬鹿になったらどうすんの? 黎二ひとりで試合やれんの!?」
「これくらいで馬鹿になるヤワな脳味噌なら捨てちまえ」
「うーわ。ひっどいよほんと。あー痛ってぇぇ……」
「クソみたいなこと言うからだ。だから何なんだよ? 俺があんなのに負けると思ったのか? 随分舐めてんな、おい」
「違うよ。だから注意しとかないとって思ったんだよ。フォールだけで勝ってきたわけじゃないけど、あんまの目の当りにしたらマークしとくべきだと思うじゃん? そういう意味だっての」
「変わんねぇよ!!」
 また雷が落ちた。思わず怯んで黙り込むと、黎二はけっと舌を打ってこちらをねめつけた。
「どうせ来年の話だろ? あいつらが出来るようになるかどうかもわかんねーのに、今からそんな心配すんなっつの。次の試合の事でも考えとけ」
「……そうだけど――でッ!!」
 まだ痛みの尾を引く額に、再度何かがぶつかった。黎二がペットボトルを放ってきたのだ。
「だから顔はやめろって――」
 ヒットした部分を抑えて喚くと、黎二は何が面白いのか口の端だけで笑った。
「それやるから、もう二度とそういうアホなこと言うな。無駄な心配する暇なんて無いだろ。他人が怖いんだったら、ホムラをそれ以上に強くすりゃいいだろ。俺が勝つかはお前に掛かってんだ。弱気は出すんじゃねぇよ」
――まさか黎二は、俺よりも翔と組みたいんじゃないだろうか。
 先ほど蘇ってきたその考えが、彼のその言動で弾け飛んだ。
「良いか。次も勝つぞ」
 そう力強く断言し、黎二は来た時と同様にいつもの道を走り出した。まるで大きな鳥が一度羽ばたいて空に急上昇するかのように、彼はぐんとスピードを上げ、周りの少年たちが声を掛ける間もなく公園内を気持ちよく通過していった。まるで地面なんて無いかのように、しなやかに、そして力強く。
 彼がどれだけ真っ直ぐ、ひたむきにこの道を走って来たか、自分は誰よりもわかっている。勿論、翔よりも。
 ずるがしこく、気弱で、他人を犠牲にすることでしか自分を保てない自分を、彼だけは自然に信頼してくれている。だから、自分自身を嫌わずに居られる。そんな黎二を素直に尊敬するから、自分は彼の整備士になろうと決めたのだ。
 彼が言った事は的確に的を得ている。翔に対抗心を持つことよりも、雛を警戒することよりも、彼が勝つアシストをするのが自分の仕事である。
「ずっりぃ……」
 遠ざかっていく黎二の背中を見送りながら、颯介はそうぽつりと独りごちた。手のひらには、彼がこちらに寄越した飲みかけのスポーツドリンクがある。やる、とは言ったものの、軽々しく他人にこんなものをやれる彼の思考が理解できない。きっと、相手が自分以外でも同じノリでやるんだろう。
「今度は俺が奢って貰お」
 ペットボトルをお手玉のように一度投げてキャッチし、そのついでに伸びをする。空はすっかり紅に染まり、まるでホムラのようだと、彼が乗るべき機体に胸を馳せた。
 次も勝つ。
 そう、その次もそのまた次も、ずっとずっと俺達は勝ち続けるのだ。

(番外#3.5:Run--FIN.)