Sparrow!!--#1.5:Cling(03)

 そう応えつつ、確かに以前、今年は腕試しのつもりで受験するという母に話したのを思い出した。今年受けた結果を見て、足りなかったところを強化して来年を本番に据えようと思っていたのだ。しかし、今ではそんな悠長な気持ちは微塵も無い。自分でも信じられないくらい明確に、受かるつもりで取り組んでいるのだ。理由などない。ただ、もうこれでいいと妥協しかける度に、脳裏に蘇ってくる声があるのだ。
「じゃああれだ、恋でもしたのか?」
「――ッ!!!!」
「おいおい、落ちるなよ!?」
 思わぬ台詞に、それまで掴んでいた手が航の背から滑り落ちた。反射的にシートの端を掴んで上体を支え、ゆっくりとバランスを元に戻す。
「…………大丈夫」
「あーびっくりした。まさかそんな動揺するとは思わなかったぞ。図星だな?」
 後ろに乗せた者が落ちかけたというのに、航はいかにも可笑しそうに言った。否定しようと思ったが、一連に起こったことのおかげで上がった息が言葉を詰まらせる。
「……何で、そういう理屈になるんだ」
「何でって。人間誰でも、好きな子がいるだけで何だって頑張れるようになるんだよ。良いとこ見せたいって思うだろう?」
「それもそうだけど」
「翔が試験受けるってこと知ってるんだよな。クラスメイトかな? どんな子?」
 どんな子。そう言われ、翔は再び彼女のことを思い出した。
 大きな二重の瞳。ふわりとした長い髪。触れた肩の細さ、握った手の小ささ、FMのことがわからないと語った表情、はしゃいだ笑顔。
 頑張ってね、という声。
 一緒にいた時間は三十分と満たなかったはずだ。なのに何故だろう、彼女のことを一言で言い表すのは、整備士試験に受かるよりもずっと難しいことのように感じた。
「……いいよ。どんなだって言えるほど、まだそんなに話したわけじゃないし」
「ほほう。まだ、か。まだ、ねぇ」
「何その言い方」
「いや、青春だなと思ってさ。二学期にはいっぱい話せると良いよな。試験受かったら、こういう風に後ろに乗っけて空見せてあげたらどうだ。きっと喜ぶぞ」
「……考えとく」
 素直にそう答えると、航の大きな手がこちらの頭をくしゃくしゃと撫でる。顔を上げると、太陽のようにおおらかな笑顔がこちらを見つめていた。
「応援してるぞ。試験も、その子のことも」
「……うん、ありがとう」
 父さん。
 呼ばれることを嫌がっているその代名詞を、翔は使いかけてそっと胸にしまった。
「よし、そろそろ降りるか。小次郎もきっと拗ねてるだろうし」
「そうだね」
 彼の大きな背中に添えた手に力を込める。小さい頃から何度も何度もしがみつき、その度に支えられてきた力強い背中だ。
 この背中から離れる時は、もうすぐ近くまで来ているのかもしれない。
 その時には、自分も誰かを後ろに乗せていたりするのだろうか。
 夏の涼しい夜風を感じながら、翔はそんなことをふっと思った。

(番外#1.5:Cling--FIN.)