Sparrow!!--#9:Evoke(02)

――周藤黎二様。再戦をお願いします。マニュアル通りの堅苦しい文章だったが、余計なことを書けるほどの間柄でもない。事務的なくらいでちょうどいい。約半年越しの、雛からの果たし状だった。
 このメッセージが相手と協会に受け取られ、対戦相手が決まっていないうちなら次の試合に設定される。だから、何事も無ければ来週末の試合は今申請した試合が組まれるはずだ。
 翔と雛は、つい先程今週の試合を終えたばかりだった。相手は一年先輩の選手で、結果は白星。二点差と数字にすれば辛勝だが、二人にとっては手応えのある試合だった。相手の死角に潜って隙を突く戦い方を覚え、雛はこのひと月半――立葵との試合を皮切りに、徐々に勝ち星を増やしていた。今回で四勝目。全体的な勝率に直せば低いが、シーズン前半と比べればずっとまともに試合ができるようになっている。
 今期の試合も残すところあと二回。再戦は最終の一つ前の試合までに済ませる規定になっているから、日程的にも次がラストチャンスだ。立葵との試合で約束した通り、雛はここまで一つ一つの試合をじっくり行い、再選に向けてできる限りの調整をしてきた。
「そ、そういえばね、翔……星望杯のチケット有難う。今年は行けないかなと思ってたから、すっごく嬉しい」
 用の済んだ端末をバッグにしまい、雛はあえて再戦や黎二とは違う話題を出した。申請が終わってはみ出しそうな不安をどうにか収めようと必死なのが顔に出ている。
「母さんだよ。俺は何もしてない」
 あまり言いたくなかったが、他人の手柄を横取りするのも嫌なので訂正した。
 三連覇チャンピオンの那智が引退を表明したおかげで、チケットは発売開始の瞬間から既に争奪戦状態だった。翔も今年はなんとか自力で取ろうと試みていたのだが、まるでピンボールのようにどの仲介サービスで申し込んでも弾かれる。結局天馬重工に勤務する母に縋り、去年と同じく指定席のチケットを二口用意して貰ったのだ。
「それでも嬉しいよ。今年も望月さん出るし、それに……」
「翔と一緒なら何でも良いって?」
「ひゃっ!?」
 突然入ってきた横槍に、雛が変な声を上げた。全試合が終わったロビーの喧騒が耳に帰ってくる。待合の長椅子で搬出の待機しているさなか、勝利の余韻が消えぬ間に申請しようという流れになったのだ。雛を隔てた場所に座っていた横槍の主――陸央が、ややニヒルな笑みで見ていた端末の画面から顔を上げた。
「僕がいること忘れてたでしょ」
「……そんなこと」
 申し訳ないが、翔としても無いとは言い切れなかった。
「陸央はチケット取れたのか?」
「一応。そっちって東の指定席だっけ。僕は北側になったから、当日は会えないかも」
 最初は陸央も誘っていたのだが、こっちはこっちで取ることになっているからと断られていた。一緒に行くかもしれない相手がいるらしいが、詳しくは知らない。普段から陸央はあまり家庭やFM以外の人間関係について明かしたがらないため、翔もそれ以上のことは聞かないでおいたのだ。相変わらず、互いに踏み込みすぎない適度な関係が続いている。
「それにしても良かったじゃん。雛、望月が見たかったんでしょ?」
「そうなの。夏大会は行けなかったから、星望杯は絶対見たかったの」
 準戦の試合と被っていたから観に行けなかったが、瑠夏は去年と同様に、天馬リーグの夏大会を殆ど余裕で勝ち抜けした。
「初めて見た選手が望月さんだったから、ずっと憧れなの。絶対にチャンピオンになって欲しい」
「まぁ、那智抜かせば一番注目されてるのは間違いないよね。去年で一番盛り上がったのも那智対望月だったし。序盤で当たんなきゃ良いんだけど」
「うん――あっ!」
 雛がまたも素っ頓狂な声を発した。通路の奥からやってくる人の流れの中に、冴羽立葵の姿を見つけたのだ。
「ごめん、冴羽さんにさっきの試合見て貰ってたんだった。聞いてくるからちょっと待ってて」
 言うないなや、雛はボールを投げられた子犬のように走って行った。ひと月半前に試合した時より髪が短くなった立葵が淡々と、特に驚く様子もなく対応する。二人の様子を見ながら、陸央がぽかんとして言った。
「あれ、良いの?」
「良いよ。操縦士同士じゃないとわからないこともあるし、むしろ有り難い」
「いやそれはそうだけど。雛、かなり懐いてんじゃん。妬かないの?」
 視線を陸央から雛に移す。先ほどの勝利のことを話しているのだろうが、嬉しそうに照れ笑いしているのが見えた。
「……別に」
 重ねて申し訳ないが、二回目の嘘だ。
 しかし陸央は意に介さず――というよりも敢えて突っ込まず、翔と同じく立葵と話す雛を横目で見ながらふぅんと流した。
「あとさぁ、雛ももう体力的にきっついんじゃない? シーズン中盤はダウンしなかったけど、今は疲れが出てきてるよね。序盤の時よりも平均のフロート上げてるでしょ」
「よく分かったな」
 指摘された通りだった。雛の疲労度に合わせて、先月からスパローの機頭を軽く感じるように滑空中のフロート値を全面的に上げている。
「香坂さんが気付いたんだよ。あと二試合、体力がもてばいいけど」
「それは俺も思ってる」
 実際、今の雛を支えているのは体力よりも気力の割合が大きいはずだ。八月に一度ばてかけたが、勝利が増えた勢いに乗ってギリギリで繋ぎ止めた。元々黎二や陸央のように元からシーズンを通すのに見合う体力を持っていなかったというのに、ここまでやれているのは奇跡だと言って良いことだ。
 しかし、もうそのリミットは近いだろう。雛自身はわかっていなくても、翔にはわかるのだった。
「……本人はやりたがるかもしれないけど、いざとなったら最終戦は棄権しても構わない。だから、俺は次の再戦が最後のつもりでやる。絶対勝つ」
 はしゃぐ雛を目に留めながら、翔はむしろ自分に言い聞かせるように言った。更にそれを、陸央は呆れ半分慈愛半分の目で見る。
「何だかんだ言って、相当熱入ってんじゃん。……お互い潰れないようにしなよ」


 深く深く息を吸う。
 胸の内側で肺が膨らんでいく。誰かがブラインドを弄ったのだろう。不意に視界に入ってきた西日が眩しく、黎二は天井を睨んだ。身体を支える肩甲骨の張りを意識する。一方で、無駄な力が入らないようにも配慮する。グリップをハの字に握った拳に汗が浮き出ていた。腕を下げれば下げるほど、重りから受ける力は強くなる。息を吐き、同じ速度で上げる。皮膚を隔てた体内に火が灯り、徐々に上気していく。胸中で十まで回数を唱え、バーベルをラックに戻す。全身の筋肉が弛緩し、思わずふっと短く息をつく。上半身を起こして体をほぐすないなや、傍で端末を開いていた颯介が視界に飛び込んできた。
「黎二黎二、見て見てちょっと!」
「は?」
 こちらが返す前に、受信画面のままのディスプレイが突きつけられる。
「ほらほらこれこれ。来たよ。次再戦だって。雛ちゃんからだよ」
「近ぇ」
 颯介の手ごと払い除ける。そんなにくっつけなくても口頭で十分だ。どうせこちらにも同じ文言が届いているのだし。
「えーっ、リアクション薄いなぁ」
 颯介が白々しく言う。あの二人が終盤で再戦掛けてくることぐらい、自分と同じくこいつだって予想していたはずだ。あいにく黎二は、こういう時にわざとらしく驚いて見せる趣味を持ち合わせていない。