Sparrow!!--#8:Avoid(16)

 飛んで打つだけならバーチャルゲームで充分? 他選手を見てそう感じていたのが滑稽だ。FMをゲーム扱いしていたのは、完全に自分ではないか。自分は操縦には自信があり、戦況も冷静に把握できる。相手がどんな選手であろうとすぐに対処できるし、その気になればどんな相手にだって勝てる。その驕りが砂の城のように脆いプライドを、自分自身の限界を決めていた。
「姉さん、フロントを狙う。これで決着だ」
 時間は既に二分を切っていた。最後に得点差を付けることを決め、立葵は加速し大きく翻った。しかし、
「な――」
 スパローがいない。今の今までは視界にいたはずなのに、一瞬意識を切っただけでいとも容易く見失ってしまった。視界をぐるりと巡らせながら、立葵はホバリングを掛けた。
『立葵、下よ!』
 茉莉の声が耳元で弾けた。下――と視線を滑らせ、息を飲む。スパローの深い青。その小さな機体が、地上から垂直に飛び上がってきた。緩やかな愛機の背に身体を預ける雛の黒いシールド、その奥にあるはずの目と目が合う。合った気がする――のではなく、実際に合った。
 トリガーを引く。コンマの隙もなく打ち出される赤い光が宙で交差し、スパローから放たれたそれが、躱す前に翡翠フロントの下部、グラビティ・ドライブが内蔵された装甲に当たる。
 しまった――
 翡翠がわななく。身体の下の一瞬の沈黙。
『立葵!!』
 茉莉の声が聞こえた。
 立葵の目からはスローモーションに映る世界の中で、雛のトリガーがもう一度真っ赤な光を放つ。激しい耳鳴りが、立葵の視界をも塗りつぶすように響いた。


 目の前に14と灯る。しかし、その意味を理解するのにも一拍の間を要した。ヘルメットのスピーカーが拾うノイズさえわからなくなるほど強い鼓動が、雛の身体全部を覆う。
 成功した。当たった。当ててやった。一度垂直に潜るのには勇気がいったし、フォールが苦手な自分からすればかなり思い切った選択だ。そこから先は無我夢中だった。操縦士の死角である真下に行くことで、ホバリングを出さずにいられない状態を作る。そのまま再度垂直に駆け上がり、攻略点であるフロント下部――グラビティ・ドライブを覆う装甲下部、地上だと地面に付く低位置一点を目掛けて発射。立葵がこちらのフロントを狙ってくることを想定し、ホバリングが鈍っている間にもう一発。序盤に連射が上手く決まったことも自信に繋がった。
 翡翠は遠ざかり、更に加速を付けかけたが、鳴り響くサイレンの前にすっとスピードを消した。雛の心臓とは真逆の静かな空に、客席のざわめきだけが限りなく際立つ。
『――これにて第八試合目を終了致します。結果は十三対十四、勝者は四八一一、宝生雛』
 ざわめきが歓声になった。ダグアウト付近にスパローを着地させ、ヘルメットを放り投げるように外す。機材を運び終えた翔が、顔を紅潮させてこちらに真っ直ぐ走ってきた。
 言葉もない。彼が何か言うより早く、雛は思い切り飛びついた。
「うわっ!」
 あまりの勢いに受け止め切れず、二人揃ってグラウンドの隅にもつれ込むように倒れこんだ。鼓動は未だに鳴りやまない。突然の抱擁に困惑した翔が、更に顔を赤くする。
「ひ、雛?」
「勝ったよ! 翔、私、やっと……っ」
 翔を押し倒したままの体制で、雛は興奮に顔を上気させたまま嗚咽を混じらせた。
 涙が翔の首筋に落ちる。次から次に零れるそれが、日光を受けて星のように光った。それは長い長いトンネルの終わりを知らせる、外の世界の眩しさにも似ていた。翔はゆっくりと身体を起こし、ついに顔を覆いだした雛の肩を引き寄せる。
「うん――良かった。やっと勝てた。有難う、雛」


 グラウンドの奥でじゃれ合う二人を眺め、立葵は息をついた。
 サイレンが鳴りやんだ空に、名前も知らない一羽の鳥が横切る。耳鳴りも、先ほどまで腹を湧かせていた強い熱も、地上に足が付いた途端に嘘のように消え失せた。
 負けてしまった。完敗だ。本気で勝ちに行くと言いながら、心の底ではまだ驕りがあったのだ。だから、いざという時に守るべきものが守れなかった。
 しかし自分が負けたという事実よりも、試合中に覚えた熱が引くことへの寂しさの方が胸に残る。
 いや――自分は、この寂しさを得たのだ。
 試合が終わって寂しいという気持ちを、今回限りで終わりにはしたくないと思った。負けたからといって無かったことにするのではなく、やりきった寂しさを一つずつ積み重ねて、自分にしか手に入れられないものを掴みに行く。
 その手段が、自分にとってはFMなのだ。
 撤収を終えた茉莉が、後ろから立葵に追いついてきた。引かれていく翡翠を挟んで並ぶ。
「立葵、ごめんなさい」
「何で謝るの」
「今のは整備の過失よ。自分の技術に自信がなくて、GDの仕様を変えるのが怖くて……貴方の技術に頼っていた私の所為」
 機材を抱えながら、姉は地面を見下ろした。
「……いや、俺にも油断があった。宝生さんの腕ではあそこは狙えないって思ってたから」
 ダグアウトで待ち構えていた次の選手とすれ違った。スタンドには先ほどとは別のざわめきが立ち、また新たな試合が始まることを立葵に教えた。
「どれだけ能力があったって、ちょっとの隙で全部駄目になってしまうってよくわかった。俺達は、今まで上手く行き過ぎてたんだ。今まで相手に合わせてたから、自分の短所もわからなかった。技術はあってもまだまだ弱い……やっぱりまだまだ本戦では戦えない。次までに詰めよう。一緒に調整したら今までより齟齬が減ると思うし。もっと強くなるように、二人で一から話し合おう」
 立葵の積極的な物言いに、茉莉は目を丸くする。
「立葵、行くの? 本戦」
「行くよ。行けるとこまで行くし、出来る限り続ける。やっぱり俺――FMが好きだし」
 はっきりと言うのが照れくさかっただけかもしれない。けれど素直に出てきた言葉に、立葵は不器用に笑った。昔自分を閉じ込めていた部屋を思い出す。扉を開き、その薄暗く狭い過去に別れを告げた。


「ほんっとに……当てるかぁ? あそこで」
 静けさを取り戻した空に、颯介が呟いた。スタンドの一番上の席に陣取った黎二の横で、観戦中からああだこうだと独り言ちていた。全くうるさい奴である。
「今の流れだったら、いいとこ引き分けだと思ってたんだけどね。あー雛ちゃん怖いなぁ――って、黎二?」
 立ち上がったこちらに、颯介が顔を向けた。黎二は踵を返す。
「もう今日はいい。出番まで外にいる」
「出番って。俺ら今日午後じゃん。だいぶ時間あるよ?」
 追ってくる颯介の声を振り払い、入れ違う人ごみに紛れた。徐々に歩調を上げ、外に出るころには軽いジョグになる。結局自分は、走っている時が一番落ち着くのかもしれない。
 立葵が負けた。翡翠がホバリングをしたと同時に、スパローは急転直下の降下をした。まるでフォールされた時のような動きを自ら行って立葵の視界から外れて地上近くを通り、タイミングをずらして直角に攻略点に飛び込む。颯介の助言を活かした、翡翠に負けず劣らずのトリッキーな攻撃。後手に回ってばかりだったこれまでの試合とは、明らかに違うものがあった。
 まともに戦えている。少なくとも、あの時よりも。
 一度下まで落とした相手が、徐々に力をつけてきている。
 しかも、自分が敵わなかった相手を倒して。
――つまらない。けれど、おもしろい。
 煉瓦造りの道を蹴る。その固い感触を確かめながら、黎二は自分の口角が引き攣れていくのを感じた。

(#8:Avoid--FIN.)