Sparrow!!--#8:Avoid(11)

「うは、本気にしてる。冗談だよ冗談」
 言いながら、ははははと声に出して笑いだした。愉快でたまらないという様子の颯介に、翔は溜息で返事をする。雛は黎二の方を苦手にしているようだが、自分は断然彼の方が絡みたくない相手だ。
「下らない事言うだけなら黎二のとこ行けよ」
「いやぁ、あんな面白そうな組み合わせ見たらほっとけないでしょ。相変わらず持ってるねぇ」
 試合の組み合わせは全試合分が配信される。雛と一緒に来たということは、無論今回のこちらの相手も知っているのだろう。
「関係ない。誰が相手でも、一つずつしっかり試合することが大事だし」
「とか言って、焦ってるし不安で仕方ないんだよね。翔のことだから」
 直球の図星に、翔は思わず彼を見る。が、反応自体は雛の方が先だった。
「久世さん――」
「雛ちゃん、弱いのは自分の所為だなんて言うのは無しね。自覚あるのは良いことだけど、そういうのはいいから」
 颯介がへらへらした顔のまま言い切った。雛は押し黙り、翔はほぞを噛む。颯介は的を得ていた。雛が勝てない事を自分の技術不足の所為にすればするほど、それ自体が翔の言い訳になっていくし、逆もまた然りだ。お互いに甘すぎることはそれだけで弱点になる。このことに自覚があるから、翔が雛に不安を吐けないのだった。
「雛、もうすぐ模擬が始まるから着替えに行って。グラウンドで会おう」
「でも、翔……」
 抗議の目を向けかけたが、雛の方も時間が気になっていたらしい。颯介を一瞥し、それからは何も言わずに会釈をして更衣室の方に向かった。
「で、何が言いたいんだ」
 雛の背中を見送って、焦っていることを否定せず、翔は苛立ったまま颯介を睨んだ。次の試合が楽しみだというだけで茶々入れられたのでは、こちらとしては迷惑極りない。
「まぁまぁそんなに睨まないでよ。今回は一応、先輩がアドバイスしようと付いてきたんだから」
「アドバイス?」
 自分の耳を疑ってしまうくらい、その単語は颯介に似つかわしくなかった。
「何で」
「何でって、別にそんな怪しまれることでもないよ。俺は至って純粋に、真摯に、応援の意味で、翡翠攻略のヒントを伝授しようと思ってるだけ」
「翡翠の?」
 颯介の、いつもながらの涼しげな眉目をまじまじと見返す。立葵との試合が決まったのはついさっきのことだ。勿論通知を見てすぐここに来たのかもしれないが、あんまりにも唐突過ぎやしないか。
 選手の中で強豪のデータを共有することはよくある話でもあるし、翡翠についての情報は勿論喉から手が出るほど欲しい。これが香坂などほかの整備士からの情報なら話は違ったが、他でもない颯介からの助言なのだ。翔は迷い、同時に幼少時代から数限りなく彼に嵌められてきた記憶を辿った。怖くないから触ってきてみなよと言われて近づいた犬に吠えられたり、学習ソフトをアプデしといてやると言いつつ中身をあられもない画像に替えられたり、とにかく颯介の言に従って良かったことなど数えるまでもなく少ない。というか無い。だからこの話にも絶対に裏、もしくはそれ相応の交換条件があるはず。
「本当に信じていいのか? それ……」
 こちらの怪訝な色を跳ね返すように、颯介の形のいい目元が半月型になった。気持ちの良いくらい爽やかな笑顔である。が反面、見られるのには慣れてるんだよねぇとても言いたげな鼻につく仕草だ。
「一応俺があいつの試合見て研究した結果だよ。活かせるかどうかは翔と雛ちゃん次第だけど、不正なデータでも何でもないし、神に誓って嘘でもない。どう?」
「どうって言われても――あのなぁ颯介、そんなこと知ってるなら、何でこの前の試合で使わなかったんだよ」
「それ」
 痛い所を突いたつもりが、颯介はむしろ笑って人差し指を立てた。
「翡翠の弱点ってね、少々特殊な部位なんだ。あいつって相手に自分を狙わせて、すぐにそれをちょっと越える点数を返してちまちま点を取ってくだろ? でも一ヶ所だけ、攻撃を受けたら返しにささやかな穴のできる場所がある。ホムラの性能だと狙い難いし、そうでなくても冴羽も自覚があるから、黎二みたいに能力の近い相手の時はかなり警戒して隙も出さない。でも雛ちゃんなら、狙い打ちできる可能性がある。と、俺は思う」
 ホムラでは狙い難い――大型機であるホムラは、確かにスパローや翡翠に比べたら小回りが利かないが、だからといって命中率や操作性が普通より劣るというわけでもない。そんなに特殊な部位なのだろうか。それに、雛なら狙えるという表現が出てくる理屈もわからなかった。
「雛ならできるっていう根拠は?」
「勘。あとはまぁ、あいつの性格とかトータルして」
「……何かあるんじゃないか、他に」
 懐疑満々の翔の目を受け、颯介はこらえきれないというように吹き出した。
「だから何もないって。俺ってそんなに信用無い? まいっか、正直に言うよ。もう来年も冴羽とは試合できないかもしれないし、折角のデータを捨てるくらいなら、これから試合する選手に活用してもらう方が良いじゃん。この前の結果じゃ俺も煮え切らないんだよねぇ。翔も見てただろ?」
「ああ――」
 冴羽は来年には本戦に行くのだろうし、例え黎二も上がったとしても、選手数の多い本戦ではそうそう当たることはない。属する企業によってはリーグだって変わるし、そうなれば下手をすれば星望杯にでも上がらなければ再戦は無い。そう考えると、先日の試合が颯介にとってはほぼ最後の冴羽戦と言ってもいい。
 颯介に対する懐疑もほんの少しだけ解けた。最後の試合が引き分けで、颯介にも思うところがあったのだろう。立葵は、黎二がデビューしてからずっと対等に戦っているライバルなのだ。
「じゃあ……聞くだけ聞いておく」
 神妙に頷いた翔に、颯介は更に目を細めた。
「ありがと」


 模擬試合のためにグラウンドへ向かう翔と別れ、颯介もホムラの待つ自分の目的地へと歩を進めた。
 途中で何度か知り合いと遭遇し、その誰もに珍しがられる。こっちにももうちょっと顔出さないとなとも思うが、いかんせん昼間の訓練では視線が多すぎる。星望杯に似ているから黎二が好むと茉莉に言ったことも事実だが、半分くらいは颯介自身があまり人前で試合をしたくない事もあるのだった。
 一階の通路をぐるりと回って、一番奥の第一検査室の標識が見えた時、突如後ろから腕が伸びてきた。腕は颯介の首を絡めとり、思いがけない力強さで締め付ける。
「ぐっ……えええええたんまたんま死ぬ死ぬ!! 苦しいって黎二!!」
 女子には決して聞かせられないような声が出た。腕はたっぷり十秒の間をもって緩み、颯介はふらつきながら半回転してその主を見た。今名前を叫んだ通り、黎二が眉間に皴を寄せてこちらをにらんでいる。怖い。もしここに雛がいたなら、恐怖でもう消えているかもしれないほどの迫力だ。が、悲しいかな自分はこの程度のことには慣れている。黎二の性質から言えば、むしろこちらを見てくれているだけましなのだった。
「先に行ってろっつっただろ」
「あれっ、もしかして探してた? 珍しー試合日雨かも」
 茶化して言ったものの、黎二は無言のまますたすたと先に向かった。道中に何度も珍しがられたが、実際ここにいる理由は大したものではない。今日は、月一で行う決まりの操縦士と機体の検査なのだった。機体はランやフロートの数値・レールの距離、操縦士は視力や体幹に関するデータ収集という名目だが、実質ドーピング検査が主で、颯介はあまり好きではない行事だ。しかし黎二は意外なほど積極的にこれを行うし、職員からはかなり驚かれる。
「――お前が余計な事してどうすんだよ」
 追いついて隣に並ぶと、黎二は視線だけをこちらに寄越した。
「なんだ、聞いてたの」
「お前の声がでかいんだろが」
 機嫌が悪いというよりも、純粋に呆れている声だ。先ほど翔と話している時、黎二は近くにいたのだ。大方こちらを探して偶々居合わせたが、立葵の話が出ていたために静観していたのだろう。
「面白くなりそうじゃん。翔がどう活用するかはわかんないけど、万が一上手くいけばたっきーはポーカーフェイスのまんまじゃいられないだろうし、雛ちゃんだって、ちょっとでもまともに戦えるようになるんじゃない。黎二だってさ、気になるんでしょ? どっちも」
「は……興味ねぇよ。そんなことより、こっちの試合に集中しろ」
 前を向いたまま言い捨て、黎二は歩調を上げた。本当だろうか。天邪鬼で不器用な黎二の性格を、颯介は彼が思っている以上によくよく理解している。し、今までの立葵や雛に対する彼を見ていて、全く興味が無いというようなことは決して無いと断言できる。一歩進むごとにわずかな隆起する肩甲骨をウェア越しに眺め、颯介は気付かれないように軽く苦笑した。