Sparrow!!--#7:Grow(08)

「有難う、助かるよ。この箱が一番重たいから、まずはこれから行こう」
 一番大きな段ボールを一緒に持ち上げた。何かの機材らしく、中身は硬くずっしりとしている。息を合わせて進みながら、香坂はにこやかに口を開いた。
「この前はお疲れ様だったね」
「こちらこそ。相手になるのは初めてだったから、できて良かったです。機体の性能もだし、霧島も上手くて」
「ははは。でも、君たちも良い線いってたと思うよ。すぐに先制されて、陸央君もちょっと焦っていたしね」
 建物の角を曲がり、二十メートルほど先の職員駐車場まで二人で荷物を運ぶ。端に停まっているモスグリーンの軽自動車が彼の物らしい。折りたたまれた後部座席の上に、段ボールごとどんと機材を置いた。来た道を戻り、残りの荷物も順々に運んでいく。
「これまでの試合でも見て思っていたけど、宝生さんは見かけによらず度胸があるね。始めて一年足らずの女の子にしては、思い切りがある。滑空中の判断も早いんじゃないかな」
「そうですね。あんまり迷うことは無いです。特に今は試合が楽しくて仕方がないみたいで、負けても次の試合のことばかり考えているって」
「良い傾向だよ。勝ち負けは無視できないことだけど、捕らわれ過ぎると良い影響はないからね。デビュー一年目のリタイアが多いのも、最初の一勝が難しいからだ。いや、僕の今の立場でこんなことを言うのも変な話なんだけれど」
 はは、と笑う。その難しい一年目で全勝を上げている香坂だが、自ら言う程嫌味のようには聞こえない。二つ目の荷物を車に積み込んで、翔はライバルであり先輩でもある彼へと目を向けた。
「香坂さんから見て、俺と雛に足りないものって何だと思いますか」
「そうだねぇ……まぁ、経験って言えば本末転倒なんだけど……個性、かな」
「個性――ですか」
 意外な答えだ。香坂は頷き続ける。
「今は君の整備も宝生さんの技術も、基礎的なものから抜け出せていない。スパローは小型ながら安定して飛べる良い機体だし、一から造った君も素晴らしいと思う。けれど試合で勝っていくとなると、良くも悪くもスタンダードなモデルだ。それに、丁寧に隙を突いてレールを当てる君たちの点の取り方は、他の選手からすればできて当然のことでもある」
 頭を殴られたような気がした。確かに今自分たちに出来る精一杯のことを――黎二や陸央に限らず――他の選手はいとも簡単にこなしてしまう。その上、スパローには例えばホムラの超加速ような特殊な装備や機能は無い。わかっているものの、自分も雛も手探り状態のまま相手の特徴や試合の流れに沿うしかないから、つい何もかもが後手後手になってしまうのだ。翔ではなく前を見たまま、香坂は更に続ける。
「だから他の選手にとって、“弱い相手”というよりも、“戦いやすい相手”なんだ。正面が苦手だということを差し置いても、今の地点ではそこから抜け出せないだろうね。学校で普段やっている勉強と同じように、基礎の範囲だけを延々と繰り返していてはそこから先に上がれない。どんな飛び方が宝生さんに合っているのかを、試合を重ねながら試行錯誤してスパローを進化させていくしかない。それが、君の一番の仕事だよ」
「そう、ですか……」
 二人揃って選手に数えられるのだから、整備だけが仕事では無い。だから、雛の訓練や試合の運び方ばかりを考えていた。けれど結局、自分は雛が初心者であることを理由に、自分の技量不足から目を背けていたのだ。
 ふがいなく肩を落とした翔に、香坂は「でもね」と続けた。
「基礎に収まっていることは、決して悪いことじゃないんだ。始めたばかりなら誰でも通る道だし、桜木さんもよく言うように、むしろこれをちゃんとしていないとまともに飛ぶことすらも難しい。特に君たちは二人ともが初めてだ。二人で歩幅を合わせていくしか無いだろう」
 荷物を積んだところで止まっていた翔の動きを、香坂は優しく促した。元来た場所へと帰りながら、彼は言う。
「ただ、勝てないことに対して無闇に苛立つよりも、そう臨んでいく方がずっと建設的だし、気持ちの上でも楽だと思う。まずは他の選手をたくさん見て、視野を広げていくこと。試合が楽しいと言うのなら尚更だ。最初にも言ったけど、個性ってものは経験を積むことで立ってくる。君たちは若いからつい焦りがちだけど、とにかく一つ一つをじっくりやっていくことだよ。……まぁ、陸央君にも言えることだけどね」
 そこで、翔は最初に聞きたかったことを思い出した。
「――フロンティアのレールも、霧島に合わせて短くしているんですか」
「ああ、そうだよ。よく気が付いたね」
「いや、これは俺じゃなくて、友達が気付いたんですけど」
 ここに隼太がいたら、よっしゃとはしゃいでいたに違いない。翔としては、先日実際に試合をしても気付かなかったことが惜しくて仕方がないが、やはりあいつの見る目の良さは本物だったということだ。
「お友達はなかなか鋭いね。それ、今まででも国枝さんと冴羽君くらいにしか指摘されてない事だよ。まだ調整段階でダイオードも一つずつ減らしたり増やしたりているから、よく見ないとわからないことなんだけど。今は、とりあえず七つに落ち着いてるかな」
 レールは十個のダイオードのカセットを機頭に設置することで、規定最大リーチの十メートルまで伸びることができる。つまり、一つにつき一メートル。香坂の話から換算すると、今のフロンティアのレール射程は七メートルと言うことになる。一方のスパローは、フルで搭載しているために十メートル。たかが三メートルとも言えるかもしれないが、実際その分近づかなくてはならないのだから操縦士にとってはかなりな差だ。
「何でそんなことを」
「フロンティアはとても軽い機体だから、フロートを強化しないとランを上げた時にバランスが取れなくなる。だから抜いたダイオードのスロットに、フロートの機構を入れているんだ。変わりなく飛ぶには総重量を保ったまましなければならないから、不要なものを取ってそこに入れる形で補った」
「でも、その分攻撃が不利になるんじゃ」
「そう。近付けば近付くほど接触の恐れもあるし、普通はしないと思う。本戦でも弄っている整備士は少数だ。でもこれは、陸央君自身が提案してきたことでね。スピードがある分近距離から撃つ方が当たるから、いっそ取ってしまっても構わないと」
「それで採用したんですか」
「うん。あの子を信頼しているから」
 次の段ボールを抱えながら、香坂は淀みなく言い切る。
「そういえば、陸央君と仲良くしてくれてるんだね」
「いや……仲良いってほどじゃないです」
「そうかな? あまり無いことだったからびっくりしたんだ。陸央君が同学年の男の子とあんなによく話してるのは。あの子は他人に対してとても不器用だからね。自分の気持ちを伝えるのがへたくそで、損をすることもさせることも多い。けれどその分慎重で、人知れず努力できる子なんだ。免許を取って一年目で、フロンティアを操縦できることが何よりの証拠だと僕は思う」
「――わかります」
 自分でも驚くほど自然に出た。香坂が、今までで一番嬉しそうにふふふと笑う。
「有難う。丁度去年の今頃かな。初めて会って話した時に、陸央君は僕に言ったんだ。僕は、本物になれますかって」
「本物?」
「その時は免許が取れるかってことだと思ったんだけど、違った。言ったらきっと本人は否定するけど、今の陸央君が目指しているものは本戦やチャンピオンとは少し違う。今の内に変わらないと――このまま本戦に行ったとしても、あの子のためになるかどうかわからない」
 段ボールを抱えて歩きながら、ふっと遠くを見る。けれど彼は、すぐに通常の柔和な表情を繕った。
「変な話をしてごめん」
「いえ……」
「また余計な事って言われるかもしれないけど、是非これからも仲良くしてあげて欲しい。あの子は、孤独だから……――よし、これで終わりだね」
 いつの間にか、全ての荷物を運び終えていた。最後の機材を車に押し込み、香坂はそっとトランクを閉じる。