Sparrow!!--#7:Grow(07)

「――しっかしなぁ」
 購買の戦利品であるコロッケ焼きそばパンを飲み込み、向かいに座る松波隼太はぼんやりと肘をついた。
「まさか同級生に選手が出るとは思わなかったなぁ」
「そうか?」
 隼太の呟きに答え、翔は自分のカツカレーパンを頬張る。美味い。肉はジューシーで、カレーは辛くこくがある。どういう味付けをしているのか、レシピを教えて欲しいくらいだ。開けた窓から射す陽は昼休みの教室をいつも通りに映し、試合の緊張感など別次元のもののように思えた。けれどそう感じているのは自分だけのようで、目の前の級友はおもむろに携帯端末で天馬リーグ準戦の公式サイトを開いてみせる。
 今日は金曜日。陸央との模擬試合から二日が経過し、もうそろそろ日曜にある試合の相手が公表される頃合いだ。隼太の操作で、正式公開されている雛の顔写真がホログラムとなって宙に浮かび上がった。一応微笑んではいるが、緊張で頬が引きつれている。本人は気に入っていない写真だから、あまりまじまじ見てやらないで欲しい。
「お前はともかく、宝生さんだよ宝生さん。FMするタイプだとは思わなかった。これってどういう気分なわけ? 彼女が操縦士ってさぁ。校内でも有名人になっちゃったし」
 春に準戦が始まったのと同時に、雛と自分がFM選手であることが学校中にばれてしまった。別に隠していたわけではない――と言えば半分くらいは嘘になるが、スタジアムでは高らかに名前を呼ばれ、こうしてウェブ上でも顔が出ているのだから黙っていても意味は無い。新学期になってしばらくは、雛の顔を一目見ようという生徒がひっきりなしに詰めかけていたし、教師にも何度か話題にされた。ただ、今となっては潮が引いたように音沙汰ないのだが。
 カツカレーパンを飲み込み、翔は息をつく。
「……そういうのじゃないから」
「出たーーッ!!!! そういうのじゃないから!! ほんとは限りなくそれに近いのに十文字前後でそつ無くスマートに否定できる!! リア充専門用語だァーーーーッ!!!!」
「殴って良いか?」
「うおおお、どうどう!! 冗談冗談、落ち着けって!」
 落ち着くのはお前だ。浮かしかけた腰を元に戻し、翔はちらりと斜め後方にいる雛を見た。この学校では二年進級時のクラス替えが無いから、今年も同じ教室にいるのだ。雛は仲の良い白石と話しながら昼食をつついていたが、こちらの視線に気が付くと恥ずかしげにはにかむ。ああ――と彼女から目を離し難くなった翔を尻目に、隼太は「でもまぁ」と話を続けてきた。
「部活みたいなもんって言ったらそうなんだろうけどさ。高校生ってだけでも少ないだろ? タメではもう一人くらいしかいないじゃん。何て名前だっけ、すんげー速いFM乗ってて、確か明高の」
「霧島。なんだ、良く知ってるな」
 翔は素直に感心した。隼太は元々本戦はよく見ると言っていたが、去年までは準戦など選手の一人も知らないようだったのに。因みに明高というのは、市内にある私立明星高校のことである。ここ海央からバスでも四十分ほど離れたところにあるため、近所であちらの生徒を見かけることすら稀だった。陸央がそこに通っていることさえ、翔だってつい最近気付いたくらいだ。
「そりゃ勿論調べたんだよ。調べるに決まってるだろぉ〜〜なんたって親友が出るんだ。今年は本戦より準戦だよ準戦。周藤とか冴羽とか人気ある選手はいっぱいいるけど、俺はお前と宝生さんを応援するぞ。成績がどうだって言う奴もいるけど、やってるってだけで十分凄いんだ」
「松波――」
 柄にもなくじんと来た。勝ちもついていない今、最初は応援する、試合を見に行くと言っていた生徒達が徐々に離れていくのは当然のことだ。けれどそんな中でも、こうして真摯に追ってくれる存在がいるのは素直に嬉しい。
「有難う」
「何言ってんだよ翔。でも、俺にできることがあれば何でも言ってくれよ。FMのことはよくわかんねーけど、春からは結構準戦の試合見てるんだぜ。この前だって行ってたし」
「そうなんだな。……どうだった? この前の試合、観客的に見て」
「素人目で良いのか?」
「良いよ。他の選手と比べて気が付いたこととか、あれば何でも教えて欲しい」
「そっか、そうだなぁ。俺、専門的なことは殆ど知らないけど、正直に言わせて貰うと――」
 隼太の顔がいつになく真面目になり、翔はじっと次の言葉を待った。馬鹿ばっかりやっているが、こいつは意外と冷静に物を見るのだ。授業中でも鋭い質問をしたりするし、他人のことも良く見ている。FM自体のことに詳しくなくても、何か改善点が見つかるかもしれない。が、
「――寝坊して、着いた時にはお前の試合終わってた」
 前言撤回。解散。
「ちょちょちょちょ、待て待てって。席を離れようとするなよ」
「当てにした俺が馬鹿だった……」
「いやいやほんとだってば。この前は寝ちゃってたけど、見る分にはほんとに見てんだって。霧島とかさ、すっげー速いけど、リーチ短いじゃん? レールの」
「え、」
 再び浮かしかけていた腰を止め、隼太の顔を見返す。
「あれ、気付いてなかった?」
「……ああ」
 つい先日試合をしたばかりだというのに、完全に見逃している部分だった。フロンティアの一番の特徴と言えば速さ、そしてその緩急の幅の狭さだ。カーブでの減速率が少なく、常にトップスピードを維持できる。これだけで、既に初心者用の機体ではない。翔はこの特徴と、これを十分に操れる陸央の操縦技術だけに注目していたのだ。
「あいつのレールってさ、的外して伸びきっても他の選手よりちょっと短いんだよ。何でわざわざそうしてんだろうな。不利になるのに」
「それは――……あ」
 噂をすれば何とやら。丁度窓から見える一階の渡り廊下に、知った人物が立っているのが見えた。翔が気付いたのと同時に向こうもこちらを見上げ、グッドタイミングとばかりに手招きしている。眼鏡の奥に、二日前にも見た穏やかな顔が見えた。翔の視線をなぞり、隼太が胡散臭そうに首を傾げる。
「誰だあの人」
「今言ってた、霧島の整備士」
「ほあ!?」
「ちょっと、行ってくる」
 昼食の跡を片付け、翔はぽかんとする隼太を置いて足早に教室を出た。各々昼休みを過ごす生徒たちの間をくぐって階段を降り切り、先ほど見ていた渡り廊下まで来る。廊下と中庭の境界で待っていた彼――香坂は、嬉しそうに手を振ってきた。
「ああ、ごめんよ。昼休み中だったのに呼び出して」
「いえ……どうしたんですか、この荷物」
 中庭に連なるアスファルトの上に、大小の段ボールが十ほど積まれている。中身はわからないが、埃のつもり具合から見てもかなり古いものだろう。
「来週ある実験で使うのに、科学準備室から借りて来たんだ。僕はシーズンオフまで土日は埋まっているからね。今日の内にやっておこうと思って」
「大変ですね」
「いやぁ、大学なんて暇なものだよ。君や宝生さんや、陸央君の方が忙しいくらいじゃないかな。……と言いつつ忙しい君にお願いなんだけど。職員駐車場まで、これを運ぶのを手伝ってほしいんだ。大丈夫かな?」
「はい、良いですよ」
 快く頷く。昼休みはまだ半分ほど残っているし、こちらも彼に聞きたいことができたばかりだ。