Sparrow!!--#7:Grow(05)

「霧島君」
「何? まぁ、努力は認めてあげるけど――」
「有難うございました!」
 言い終わらないうちに、雛は潔い程颯爽と頭を下げた。顔を上げ、呆気にとられている陸央を真っ直ぐに見る。
「また次に当たっても、宜しくね」
「……良いけど」
 顔を硬直させたまま、陸央が呟いた。雛はにこっと笑い、そのまま踵を返してこちらに戻ってきた。整備用具の詰まったバックパックを担ぎ、スパローを引こうとハンドルに掛けていた翔の手に手を沿える。
「大丈夫だよ翔、私がスパロー持っていくね」
「ああ……」
 愛機を託され、雛は一層足早にプラットフォームに向かって行く。少し癖のある両サイドの髪がぴこぴこと跳ね、まるで子犬のようだ。けれどダグアウトの影に入って少し進んだところで、雛は唐突に足を止めた。スパローをスタンドで固定し、糸が切れたようにへなへなと膝から崩れ落ちる。
「雛!? 大丈夫か?」
「ごめん――……き、緊張した」
 顔を隠すように添えられた両手から、つい先程とは打って変わった小さな声が聞こえた。
 グラウンドを振り返れば、香坂とフロンティアの撤収作業に入る陸央の姿が見える。翳っているからか、それとも興味が無いのか、こちらの様子は気にしていないようだ。
 ぽんと軽く背中を叩いてやった。ぱっと顔を上げた雛の素の表情に少しだけ安堵し、そのまま、あえて何でもないようなそぶりでスパローの動力点検を開始する。熱でもあるんじゃないかというくらい、雛の頬は真っ赤になっていた。身体にまだ、緊張と興奮が残っているのだろう。
「……惜しかったな」
「うん、避け損ねちゃった……苦手だって、研究されてるよね」
「だと思う。ポジション別の被弾率も高くなっていってるし、対策を練らないとだめだな」
「前、避けやすいのはわかってるんだけど、何度来ても苦手で。ぶつかるって思ったら、身体がすぐに動かなくて」
 これまで雛が被弾したシチュエーションの半分以上が、正面からの攻撃なのだ。そこまで相手が優位な状況でなくても、そこを狙われれば雛の動作は必ず一瞬鈍くなる。おそらく、初戦の試合内容ことがトラウマになっているのだろう。
「霧島君、上手いね。凄く速いし、試合の数は同じなのに、慣れてるっていうか……全然追いつけなかったよ」
 今度は雛がグラウンドを振り返る。確かにあいつ――陸央は速い。平均スピードは今年のルーキーでは断トツのトップで、それに耐えうる機体のコントロール能力も持っている。もし雛が同じ動きをしたとしても、悔しいが一秒ほどのタイムラグが生まれてしまうだろう。同じルーキーでその上同い年とはいえ、機体上で身体を支える脚や機体を操る腕といった“操縦士の身体”が、陸央にはもうすでに備わっているのだ。
 でも、と翔は小さく首を振る。負けた理由を挙げるのは簡単なことだが、同じフィールドに上がっている以上、それらはただの言い訳でしかない。
「雛だって今日は先制した。技術は確かに向こうの方があるけど、絶対に追いつけないってわけじゃないと思う。前からの攻撃だって、仮想でも意識して入れていこう。まずは数をこなして、ちょっとずつ平気にしていくしかない」
「うん。そうだね――ねぇ、翔。聞いて」
 立ち上がり、こちらの耳元に頬を寄せて来くる。その部分だけほんのり温かい。また鼓動が早くなる中、彼女の声が鼓膜にそっと触れた。
「私、前からの攻めは怖いけど、負けるのはだんだん怖く無くなってきてるの。負けても良いって意味じゃないよ。全然違うんだけど、早く次の試合がしたいって気持ちの方が強いの。変かな」
「……変じゃない。くよくよしても一週間なんてすぐだし、それが一番だ」
「ふふ、良かった」
 翔の言葉に、雛はもう一度にっこりと微笑んだ。


 一瞬近づいたスパローが、唐突に視界から消え失せた。
 驚くほどのことでは無い。その証拠に、青い光は一とコンマ五秒の間をおいて再び飛来する。視界が回り、斜め上から接近する彼女の姿を捉える。この間、およそ十五メートル。十二――十――九――今か。けれどその瞬間、シールドの内側が燃えるような赤に染まった。うっかり太陽を視界に入れてしまったのだ。目を焼かれる程ではないが、その間だけ色彩感覚は麻痺してしまう。ちっ、と画面の中の自分が舌を打つ気配がする。西日になっているために昼間の光よりも濃く、色が元に戻る頃には既に先手を取られていた。シールドに『2』の文字が灯る。左の装甲に一発。試合中に受けたレールは唯一これだけ。太陽の所為にすれば気が楽かもしれないが、香坂に言えば、きっと位置を考慮しなかったこちらも悪いと返って来るだろう。
 一点も取らせたくなかった。戦意も無くなるほどコテンパンにレールを当てて、二度とこちらに噛みつけないようにしてやりたかった。けれど先制されたことによって、これ以降は焦りが操作に出た。すぐに雛の弱点を突いて機頭に一発入れ五点を奪ったものの、そこから思うように追加点が付かなかったのはその為だ。
 勝つためにはイメージが大事だと、仮想トレーニングでは耳が痛くなるほど教わってきた。あの二人に完勝するイメージは準戦が始まるずっと前からあったし、そもそも実際点の上では勝っている。技術的に見たって、こちらの方が遥かに上だ。それなのに、何故か勝った気がしない。
――有難うございました。
「……何なんだよ」
 耳元に蘇った声に悪態をつき、陸央はビデオ映像を強制終了させた。室内トレーニング用のヘッドセットとアイシールドを外して机を離れ、ステレオを弄っていつものラウドを垂れ流す。音を立ててベッドに身を投げ、先の試合を繰り返し思い出した。
 相手が何を想っているのか考えろ、と香坂に説かれ頷いてみたものの、考えれば考える程わからない。し、何故だか苛立ってくる。真っ直ぐこちらに駆けて来た雛の表情には、どこか自信にも似たものが浮かんでいた。弱いくせに。敗者は敗者らしく、すごすごとグラウンドを後にすればいいのだ。公式戦ならともかく、模擬では試合前後の流れが大事になってくる。あんなことは、わざわざしなくても良いのだ。相手に感謝したところで実力は変わらないというのに――自分は一所懸命にしているとでもアピールしたいのか。それとも、放課後に会った同級生と同じくただの自己満足か。
 あいつはつくづく甘い。トレーニンングも未経験の初心者だからと協会から贔屓され、負けても整備士と慣れ合える。正直舐めていると思うし、だからいつまでたっても勝てないのだ。今日先制したのだって所詮まぐれで、太陽光がなければこちらが圧倒していたはずで、
――ほんとに?
 脳裏に浮かんでいた雛の顔が、一瞬にして繭になった。
 目を開ける。額に嫌な汗が滲んだ。外見も声も性格も全く違うのに、何故今自分は二人を重ねてしまったのだろう。けれどこちらをじっと見つめていた彼女のイメージは、もう既にそっぽを向いてしまっっていた。まるでお前なんか興味が無いとでも言うように。
 苛立ちが振り切れる。落ち着きなく立ち上がり、スポーツバッグに入れたままだったトレーニングウェアを取り出した。手短に着替え、音楽を止める。デジタル時計はもうすぐ二十二時になる。が、時間など関係無い。思い切り走って、このむしゃくしゃした気持ちを外の空気に発散してしまいたかった。