Sparrow!!--#7:Grow(03)

 FMマッチの主役は操縦士だ。自分達整備士は、彼らをサポートするためにいる――とはよく言われているし、実際その通りだと思う。けれど反面、自分達が行うのは機体の整備だけではない。操縦士では手の回らない操作も地上から行う分には、整備士も立派な選手だ。彼女ばかりがこちらに謝る筋合いは全く無いと翔は思う。それにむしろあの時は、フォールに臆するあまり、自分の方が雛の足を引っ張っていたのだから。
「――翔」
 雛に袖を引っ張られ、翔は我に返る。ぐるぐる考え込んでいるうちに、海峰園の裏口前までやってきていた。思考から帰って来たこちらの目を、雛の丸い瞳が見上げる。背が伸びたおかげで、彼女との身長差にまた開きが出ていた。
「すぐ着替えて来るから、グラウンドに行ってて」
「わかった。相手も見ておく」
 シーズンが始まってからこちら、模擬試合はエントリーしている選手同士で組まれることが増えた。同日に海峰園で模擬試合の予約をしている選手から選ばれ、戦績には記録されないものの勝敗もちゃんとつく。施設内に入り雛と別れ、組み合わせが貼り出されている電子掲示板前に寄ると、あまりかち会いたくなかった後姿が見えた。癖のある髪、鮮やかな紫のライダースーツが、じっと掲示板を眺めている。翔も気付かれないように注意しながら、ちかちかするディスプレイから雛の名を探す。すると、まさしく目の前のこいつの名前が目に飛び込んで来た。
『4801・霧島陸央 対 4811・宝生雛』
 こちらよりも先に、奴が盛大な溜息をつく。
「は? こんな時に……」
「何か問題でもあるのか」
 しまった。不服そうな声に黙っておれず、殆ど脊椎反射で噛みついた。翔が背後にいることなど気付いてなかっただろうが、奴――霧島陸央は一瞬で問題など特にないといった顔を繕い振り向く。
「別に。物足りないなぁって思っただけだよ。っていうか、問題あるのはそっちじゃん。よくそんな強気に話しかけられるよね、僕に」
 こいつは余計な事しか言えないのか。けれど今の翔には反論する術も無く、そう言われてしまっては黙るしかない。陸央は今年のルーキーで唯一の全勝選手だが、こちらはその逆にあたるからだ。
 翔は踵を返し、スパローが待つプラットフォームへと足を向けた。しかし、結局は同じ場所に行かなければならない。その上面白くないことに、こちらが黙ることで形勢が逆転された。くつくつと会心の笑みをこぼしながら、陸央はわざわざ歩調を合わせて隣にやって来る。
「そういえばさ、宝生さんってまだ続ける気なんだね。大丈夫なの? 全敗中なのに」
「……まだ五戦だ」
「もう、だよ。全部で四十試合しかないんだから。そのうち勝つだろうなんてのらくらやってたんじゃ、結局一勝も出来ないまま終わっちゃうよ」
 わかっている。そのうち勝てるだなんて、翔も、勿論雛も思っていない。
 返事をしなくなった翔に、陸央はまたふふんと鼻で笑った。じりじりと歩調を速め、そこからはお互いに無言のまま弧を描く廊下を渡る。プラットフォームに着くと、すぐさま眼鏡の男性がこちらに駆け寄って来た。
「陸央君! どこに行ってたの?」
「着替えて、掲示板見てたんだよ」
 陸央は少し鬱陶しげに眉根を寄せた。彼は以前に少し見かけたことがある、陸央と組んでいるという整備士だ。陸央とは反対に、穏やかで気さくそうな雰囲気がある。例によって例の如くこちらのことを知っているようで、目が合うなりああ、と感嘆を漏らした。
「君、橘川君だね。陸央君と仲が良かったの?」
「そ――」
「まさか! 何でそう見えるの!?」
 こちらが言う前に、陸央の方から力強く否定する。おいおい、いつもそっちから絡んで来るくせに。呆れる翔に咳払いし、陸央は自分が組んでいる整備士を示した。
「あ――そうそうこの人が僕の整備士、香坂(こうさか)さんだよ」
「香坂史哉(ふみや)です。学生の時は、橘川先生に大変お世話になりました」
 言って、彼は深々と頭を下げる。
「いや、そんな、そこまでは――」
 祖父の教え子と言っても、自分は何の関係も無い。十以上歳上の相手に頭を下げられるのが恥ずかしくて流石に狼狽えた。けれど、香坂は当然のようににこにことしている。
「それに、海央の高等部に通ってるんだってね。僕も普段は海央大の工学部で教員をやっているから、また学校で会ったら宜しく」
「――そうなんですか」
 翔はもう既に工学部の推薦が決まっている。ただ、この件についてもあまり素直に喜べない。確かに理数科目は得意であるし、進路だって工学の道しか考えていない。けれどこの推薦自体には、元教員である祖父の功績や肩書きも噛んでいるのではないかと思うのだ。でなければ、一年の時から推薦が確定しているなんてことは普通無いだろう。
「ここでは雇われ整備士だけどね。僕もだけど、陸央君とも仲良くしてあげて欲しいな。同い年だし、FM関連で仲が良い人ってあまりいないから」
「余計な事言わなくて良いって」
 隣でまた陸央が声を上げた。お前がそれを言うか? と心中で突っ込みを入れ、翔は香坂に向き直る。
「今日の模擬試合、相手になっていました。宜しくお願いします」
「ああそうなんだ。こちらこそ、宜しく」
「ふん。宜しくも何も、もう勝負は決まってるんだけど……うわぁっ」
 飽きずに憎まれ口を叩いた陸央が、突然素っ頓狂に声を上げた。
「まぁだ君はそんなこと言うんだね」
 長い髪が西日に照らされてオレンジ色に光る。雛と陸央の両方を受け持つ講師の陶子に、背後から抑え込むように抱きつかれたのだ。候補生になってから実に何度も見ている光景だが、陸央は懲りも悪びれもせず口を尖らせる。
「ほんとのこと言っただけですし」
 ああ言えばこう言う、だ。陶子が形の良い眉をしかめて苦々しい笑みを作った。陸央は成績上では一番かもしれないが、性格上では一番の問題児である。
「私が最初に言った事、覚えてる?」
「……何でしたっけ」
 当の陸央はすっとぼけたが、翔は覚えている。他人を馬鹿にする奴は大成しない――とは、最初の基礎講習で彼女が言っていたことだ。当時からあまり成長していないような陸央の素ぶりに、陶子が小さくため息をつく。と同時に、翔は背後から袖を引っ張られた。青いライダースーツに着替えた雛が、すぐ後ろに立っていた。
「翔、模擬……霧島君となんだね」
「見て来たのか」
「陶子さんに教えて貰ったの。初めてだね、当たるの。講習の時にも無かったし」
 言いつつ、雛の表情は少し強張っていた。同じルーキーとはいえ、戦績にはもう既にかなりの差がついている。まだ五戦。けれどもう五戦――という感覚もやはり、ある。準戦は一シーズンに四十回しか試合が無い。そして、その内の勝率で来年のことが決まるのだ。今雛と自分は全敗しているから、あと三十五試合の中でどうにか勝率を上げていかなければならない。
「宝生さん」
 不意に呼ばれて、雛は顔を上げた。陶子から解放された陸央が、今さっきの会話など無かったとでも言うような得意顔で近づいて来る。
「どうする? 嫌なら、僕から変えて貰うけど。もう勝敗もわかってるから、他の選手とトレードさせて下さいって」
 どれだけ舐めてかかっているのか。けれど、間に入りかけた翔を珍しく雛が制した。
「嫌じゃない。やる」
 ただ、その語気は強い。これを待っていたと言わんばかりに、陸央は笑って返した。
「――そう来なくっちゃ」