Sparrow!!--#6:Burst(15)

 上手く加速前を狙ってきている。けれど黎二も、勿論造った颯介自身もホムラの弱点は重々理解したうえで扱っているのだ。
 バーストエンジン。自分ではそう呼んでいるが、特に専門的な名前など無い。ホムラ自体の大きさの要因にもなっているが、翔の祖父に教えを請いながら改造した、超加速に特化したランニングエンジンを入れているのだ。いわば自動車のオーバードライブの様に、一瞬にしてトップギアを入れることができる。
 模擬との違いに焦ってるかもね――声に出さずに呟く。試合相手の特性に合わせてタイプを変えるテストドライバーでも、実物と全く同じということは有り得ない。実際、ホムラの平均スピードは去年よりも上がっている。前シーズンの戦績を元にされる模擬よりも、パワーアップしていて当然なのだ。だから選手は模擬を受けながらでも、整備士がどう機体に手を加えて来るかも考慮しなければならない。応用力とでも言おうか。これは訓練ではなく、本物の試合を繰り返すことで鍛えられるものだ。
 雛の何度目かの接近とレールの発射を、黎二はトップスピードのまま器用に避ける。加速すればするほどに増す風圧をもろともしない、彼の技術と腕力が成せるプレイだった。電波越しにくつくつと笑う黎二に対し、は、と溜息が漏れる。
 遊んでいるな――何度も至近距離を通過したはずなのに、雛から撃たれたものはあれど、黎二からのレールの軌跡は一度も見えなかった。空中で方向転換させ、すっと減速するタイミングで黎二に耳打ちする。
「攻めないの?」
『まだだ』
 低く短い返答。掠れた、まるで飢えているような声だ。
 シールドの下で笑っているのが、見えた気がした。
『まだ――』


 速い――
 何度目かの唾を飲み込む。昨日の模擬とは比べ物にならない速度に、雛は依然翻弄されたままだ。近付き、また遠ざかり、スパローよりも遥かに大きく赤い装甲が、日光を受けて鬼火の如く光る。もう既に、息をする度に肩が上下していた。
『雛、黎二が減速に入った』
「うん」
 もう一度距離を詰める。一度、二度と連写を試みるが、いずれも虚空を過ぎた。嘲笑うような捻りを見せ、黎二はまた空の彼方に離れていく。
「当たらない――もっと近付いてみる」
『あの速度には、スパローではまだ付いていけない。今は待った方が良い』
「でも、このままじゃ一点も入らないよ」
『黎二は、一度もレールを出していない。俺には、これは――』
 翔の言をぶった切るように、黎二が間合いを詰めて来た。
「ひゃあっ」
『雛!?』
 間一髪で躱す。側面に向かってトリガーを絞ったが、赤い光線はまた空を貫くだけに終った。
「大丈夫――」
『上だ!』
「っ、」
 再度避ける。高速で降下し、赤い機体はスタンドギリギリで弧を描く。電波が拾う程の観客の声の中、翔が続ける。
『至近距離になっても、黎二は一度もレールを放ってない。誘われてる――焦らせて接戦に持ち込む気だ。乗らない方が良い』
 その考察に、雛は口を噤んだ。自分の滑空とレール発射で手いっぱいだったか、確かにあちらからのレールは不自然なほど無い。接戦に持ち込まれてフォールを狙われるより、時間一杯に引き延ばした方が良い――翔の言わんとしていることを飲み込み、雛は上気していた気持ちを深呼吸と共に落ち着かせる。
 シールドの内側に表示された残り時間は、丁度四分に差し掛かったところだった。もうと言うべきか、まだと言うべきか、試合は折り返しを終えてしまっている。
 じわり、と背に汗が滲んだ。翻弄されている今、焦れば焦る程分が悪いように思える。しかしそう考えている間にも、減速を狙っているのにレールは空を切るだけに終わり、接触しないギリギリを狙って突撃され――と同じ攻防が繰り返されるばかりだ。遊ばれている。あちらからの攻撃は全くなく、速度と操縦技術を駆使して華麗にあしらわれている今、何とか隙を見つけられないだろうか。下に見られていることは最初からわかっていたのだ。ここから、どうにか一矢報いることができれば。
 残り時間が一分を切る。再び距離を置いて旋回する中、翔が苦々しげに呟いた。
『次が最後になるか――』
「翔、私、距離詰めてみる」
『多分、向こうもレールを出すなら次だ。一瞬になると思うけど、隙ができるならその時だ』
「うん――」
 頷き、ペダルを踏み込む。今日で一番の加速。雛は息を止め、真正面から赤い彼の機体へと向かって行った。
「絶対、当てるっ!!」
 吠えていた。気持ちが速度に乗る。これで最後だ。ハンドルを握る手に、翔の温度が戻ってくる。兄の言うとおり、不安も焦燥も、いつの間にかどこかに弾き飛んでいる。視界は拓かれ、澄み切り、ただシンプルな熱のみがここにあった。翔が傍にいることを感じる。スパローが、身体の一部になっていく。ひとつになる。遊ばれていても見下されても良い。勝てる。自分は勝ってみせるのだという思いだけが、身体を満たしていく。
 しかし――その時。
 ヘルメット越しでもはっきりと聞こえるような、鋭い爆発音が聞こえた。
 きぃんという高音と、激しく低い轟音。これがグラビティ・ドライブの音だと気付いた時には、何もかもが遅かった。今までとは比べ物にならない程の速度で迫ってくる赤い残像に、トリガーすらも握れず――身体は怯み――ただ、避けるのに精一杯で――
「っ、!!」
『雛!!』
 真っ白な視界の中で、翔が叫ぶ声だけがはっきりと聞こえた。そして、真っ直ぐに突き刺さる重力。自分がスパローごと落下したということに気付いたのは、その更に一瞬後だった。
――今のは。
 衝撃に思考が追いつかない。音の無い世界の中、青いだけの空から一つの光が――赤い光が降りてくる。まるで、プロミネンス――いや――太陽から放たれた火の玉のような。
 痛みが体中を巡り、引きつるような痺れが四肢を襲う。視界の淵にスパローの青い装甲が見え、手を伸ばすが触れることは叶わない。翔の操作に加え、運良くクッションの上に落ちたようだが、それでも昨日とはまるで別物の痛みだった。
「雛――」
 翔が呼んでいる。電波ではなく、空気伝いの生の声で。けれど走り寄ってくるその気配は、空から降りてきた赤い影に遮られた。
『――これにて第二十八試合目を終了致します。結果はフォール、加点は無し――勝者は――』
「おい、聞こえてるか? 教えてやるよ」
 ぐらつく意識の中、影が話しかけてくる。フロートエンジンのフィィィンという微かな音。機体に乗ったままこちらを見下ろし、アナウンスと重なっていても尚はっきりとした声で彼は続ける。
「勝つなんて言葉はなぁ――まともに戦えるようになってから言うもんだ」
 上りきった太陽が、アイシールド越しに赤く光った。彼の方はヘルメットを外しているが、逆光になって表情は見えない。
 けれど――目だけが、鋭い光を帯びているように見えた。
『勝者は――四七二七、周藤黎二――』
 アナウンスが追い打ちをかける。涙で滲んでいく彼と、その後ろにそびえる空を見ながら、雛は――
 自分の中に灯ったものが、消えゆくのを感じた。

(#6:Burst--FIN.)