Sparrow!!--#6:Burst(10)

「もう行きます。周藤君が来る前に」
 来た時と同じペースだったが、今度は脇目も振れずにいつも陣取っている辺りに向かい去って行く。ささやかだが明らかな豹変ぶりに、国枝が呆気にとられてぽつり呟く。
「立葵と黎二って、仲悪かったのか」
「黎二が一方的に嫌いなんすよ。それにたっきー、無駄に察しが良いから。ここに黎二がいたら、今みたいに来てはくれなかったでしょうね」
「ああ、ま、そうか。わかるわ。合わなさそうだもんな。でも黎二って、そういうの意外と無い奴だと思ってた」
「さすがにヤキ入れとかはしませんよ? しませんけど、イライラはしますね。だからぶっちゃけ、俺も試合前には会わせたくないし」
 足して二で割ったら丁度いい所以か。国枝に言った通り、黎二と立葵はS極とN極の如く合わない。普段から努力を積み上げて勝利を目指す秀才タイプと、才能を持ちつつ勝利に執着の無い天才タイプ。天性の操縦センスを持つくせにやる気の無い立葵を、努力と根性でのし上がってきた黎二が毛嫌いしないわけが無かった。颯介でさえも、立葵の態度にはもやついているというのに。
 理を得て、国枝がにやりと笑う。
「操縦士同士だし?」
「そうそう。……あーあ、難しーですよね。操縦士って。難しいっつうか、めんどくさい」
 思わず本音が出た。黎二や立葵は特に偏屈な方だとは思うが、二年間選手として整備士をやって、最近わかって来たことだった。
「ははは。だろ? 俺にも思った覚えがあるわ」
 彼と組んでいた操縦士の事を、颯介も一応は知っている。昔は本戦でも活躍していたらしいが、颯介がその人物を知る頃には、選手としてのピークを過ぎ準戦に降格されていた。そのまま操縦士としての生が終わる過程など特に、自分の目で見ているほどだ。当時はまさか自分が選手としてFMに関わるなど思ってもみなかった。が、今なら当時の国枝の気持ちも、何となく察せるくらいにはなっていると自分でも思える。
 そうだ、操縦士は面倒くさい。短命であるからこそ生き急いでいるし、主役であるからこそ我が強い。自分や茉莉といった次世代――と、自分で言うのも笑えるが――が投じられた一石と言われているものの、選手同士でいがみ合うなど、年長者や経験豊富な者が多い整備士間ではあまり無いことだ。勝利への執着、敗北への焦燥、衰えへの葛藤、事故への恐怖。操縦士のそれは整備士のそれとは比べ物にならないものであり、それ故の価値観の相違が生まれてくるのも至極当然のことだった。
 ただ、その面倒くささが無ければ勝ち残れないのも事実だし、颯介自身は自分でも意外なほどにそれを楽しめていたりするのだ。
 自分は黎二のことを自分の次くらいに良く知っている、つもりでいる。けれどそれは、目に見えていることだけだとつくづく思う。知らぬ間に一歩先を歩かれているように、黎二はいつもこちらの心配や深読みを踏み越えていく。決して頭は悪くない自信のある自分でも、彼の考えていることは読めないのだ。
「――あ」
 再度見渡したスタンドのずっと下方に、今日こそは無視できない後頭部を見つける。階下のゲートから出て来て、どの位置に座るが良いか探しているようだった。
「国枝さん、俺ちょっと行ってきます」
 言って立ち上がった颯介と、その視線の先を見比べ、国枝は煙草の煙と同時に盛大なため息をついた。
「……お前も大概めんどくさいぞ」
「あっはは」
 返事代わりに笑う。自分もそう思うから、弁解の余地がない。スキップのリズムで階段を駆け下り、その“整備士界隈に投げられた石”で一番小さくて破壊力抜群な奴の、背中を思いっきり叩いてやった。
「翔!」
「っ!!!???」
 そんなに驚かなくても良いのに。当の小石――翔は、不味い物でも食わされた面で、先ほどの立葵宜しく悪い虫でも見るような目でこちらを見て来た。
 人間だっつの。しかも、そこそこ上玉だと自分では思っている。
「何だよ、颯介」
「いや別に用は無いけど。今日は宜しくなぁ。雛ちゃんは?」
「――……わからない。後で来ると思う」
 ぷいとそっぽを向く。その何処かつかえたような物言いには、触れて欲しくないような色があった。おかしい。黎二みたいなやつならともかく、この二人が試合前に別々にいること自体に違和感があった。わからないだって? 付き合ってるんじゃないかと思う程、いつもべったりしているくせに。
「んん? あれれ別行動? 何、喧嘩? こんな時に?」
「颯介は関係ない」
「いやあるでしょ。何たって今日の相手だしさぁ」
 ここに国枝がいれば大人気ないと言われるかもしれないが、正直ラッキーだ。盛大に顔に出そうになるのを堪え、颯介は無理矢理翔の肩に腕を回した。しばらく会わなかった間に身長が伸びたのだろう。腕を置きやすくなっているが、そんなことよりも今からかうべきことは山ほどあった。
 操縦士と整備士が仲違いしている。試合前の、こんな時に。通常なら心配でもする所であろうが、生憎今日は敵同士である。それに、他でもない自分にそれを悟られる翔もまた、迂闊だ。
「なるほどね。先輩に教えてみろよ、アドバイスしてやる」
「絶っっ対嫌だ」
 死ぬほど嫌そうな顔をして項垂れる。けれど、抵抗しない分昔よりかは大人になっているのかもしれない。
「じゃあ当てよう。というか、どうせお前がデリカシー無いことでも言ったんでしょ。前より重くなったとか」
「そっ、そんなこと言わない!」
 ちなみに操縦士には体重の規制があり、搭乗毎の数値がFMを通してオペレーションボードのデータクラウドに保存される。よって例え黎二でも雛でも、体重の増減を知ろうと思えばいつでも知ることができるのだ。翔が雛にそのことを伝えているかどうかは、知らないが。
「まぁ……そうだねぇ。うーん、いくら新人でも、雛ちゃんだって操縦士だからなぁ」
「何だよ」
 怪訝そうな翔に「いや別に」と肩を竦め、颯介は大袈裟にため息をついてやる。
「てかさぁ、お前って喋らな過ぎるっつーかとっつき難いつーか。いやどっちかというと黎二もそうなんだけど。ちゃんと雛ちゃんと意思疎通してるかぁ? お前はまだわかんないかもだけど、操縦士ってのは俺ら整備士とは考え方違うからな」
 さっきの話ではないが、操縦士には独特の価値観がある。今日が初陣である雛だって、去年の秋から今までで実践的な訓練だってしてきているだろうし、回数は少ないといえどその間に培っているはずだ――彼らしか持っていない熱を。少なくとも、去年の星望杯の時には選手の顔になっていたのだし。
 しかし独りごちる颯介とは反対に、無口な弟分は表情を曇らせていた。
「翔? なんだよ。やっぱり何か言いたいことあるんだろ」
 誰かに気持ちを吐いてしまいたくて仕方がない、そういう時の顔だ。翔は俯いたままちらりとこちらを一瞥し、掠れがちな声で零した。
「……昨日、模擬で初めてフォールしたんだ、雛」
「へぇ。でも成功したんでしょ」
「一応」
 手に取るように伝わってくる、緊張と不安。柄にもなく感嘆しかけた。翔がこちらに対して弱気な態度を取るのは、かなり珍しいことだからだ。
 しかし、今日の自分はそれに感化されるべき役どころではない。