Sparrow!!--#6:Burst(06)

 一昔前にはヘリも使用されていたが、早々に廃止になってしまった――というのは、とある人物からの受け売りである。
 小学生だった頃の途中までは、使われていた記憶がある。FMの機動音はとても静かだから、特にテレビ中継の試合中では上空で待機するヘリの音だけが響いていた印象が強かった。ただ翔自身は試合と機体以外のことに興味が無かったために、いつの間にかヘリが廃止になっていても、指摘されるまで気付かなかったのだが。
 現在、スタジアムのディスプレイやテレビに使われているFMマッチの中継映像は、専用の小型ドローンで撮影されている。野球ボールほどの大きさで、トンボによく似た独特の軌道を描いて飛行するこれを、地上から操って中継するのだ。翔が今こうして見つめる端末のディスプレイの中で、ドローンの視界はぐるりと三六〇度の空を映す。再度スタジアムを映した時には、標的は既に別方向へと飛んで行ってしまっていた。
 フィィィィィンというグラビティ・ドライブの稼働音が、一瞬のうちに鼓膜を貫くような超高音になる。画面には二機のFMが。装飾の少ないグレーの中型機体と、深く艶やかな赤い色をした大型機体――名をホムラ。颯介が整備し、黎二が乗るFMだ――が縺れ合い、離れ、また接近し、離れる。頭で言葉に変換するよりもずっと速いテンポで。突如ホムラが焦らされたように高度を上げ、加速の中で赤いレールを数発放った。その内一発は相手の機尾に命中し、その隙を突いて斜め上から急降下。相手は避けるのに精一杯で、その一瞬で軌道から安定感が欠け落ちている。そこにまるでミサイルの如き鋭さで、一度下降したホムラが再び急角度で突っ込んで来た。コンマ三秒の間。そして、ドッという微かな衝撃音と共に、グレーの機体は重心を失くす。
 落ちる――そう感じた瞬間、フロートが加わったのだろか。まるでわずかにスローモーションが掛かったように一瞬だけ落下速度が緩み、それでも機体は重力にひれ伏すように若葉色の芝生とクッションに覆われたグラウンドに吸い込まれていく。勝利を見せつけるようにゆったり旋回するホムラの影。準戦だと言うのに、客席はドローン越しでもわかるほどにざわついている。
 淡白に試合結果を朗読するアナウンスの声もそこそこに、翔は映像を停止させた。少しだけ目元が疲れていて、それだけ自分がこの映像を凝視していたことを思い知る。開会セレモニーが終わってからずっと、去年行われた彼らの試合を見続けていたのだ。
 初戦の相手がまさかあの二人になるなんて、考えてもいなかった。
 いや――キャリアや性別関係なく、どの選手とも平等に当たる確率があることは重々承知していた。けれど何故だろう。黎二たちとはまだまだ当たらないだろうという甘い期待を、翔はいつの間にか確信だと思い込んでいたのだ。そしてそれは、恐らく彼女も同じだったのだろう。
 数メートル前に成されている操縦士の待機位置から、雛がちらちらとこちらを気にしている。つい二分ほど前までは一緒にいたのだが、スパローのスタンバイをするために呼ばれてしまった。セレモニーを終えた今、グラウンドでは短時間ずつの模擬試合が行われている。試合と言っても本番の様にシビアな点数は付かず、テストドライバーと呼ばれる協会職員の操縦士を相手に試合を想定した動きをするのだ。要予約、一人二十分。時間以内なら何度試合を仕切り直しても良いが、流れを良くするために時間は厳守だ。
「翔君!」
 背後から名を呼ばれ、振り向く。師である桜木陶子が、トレードマークであるの薄紅色のライダースーツ姿で人ごみを掻き分けてやってきた。
「陶子さん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。遅くなってごめんね」
 複数の教え子を抱える陶子は、そう言いながらも持ち場から会釈する雛にぶんぶんと手を振った。雛は笑おうとしているが、どう見ても不味いものを食べた後の様に顔が引きつっている。陶子は苦笑した。
「雛ちゃん、かなり固くなってるね」
「相手も決まったから、余計に」
「聞いたよ。幼馴染なんだって? 初戦から顔見知りなんてやりづらいね。周藤君だっけ。あの子たちの試合は何回か見たことあるけど、初戦では難しい相手かも」
「……そうですね。重さとスピードを両立している機体ですし」
「私は詳しくないけど、周りの整備士の間でもあれはかなり注目されてるかな。軌道の予測もしづらいってね。けど、加速にはちょっと時間が掛かるみたいだし、隙を突くならそこだと思う」
 翔は頷いた。黎二たちの試合は今までで一番見ている。それから思い起こしても、陶子の分析は確かだ。
 普通、機体の質量が大きければ大きいほど平均スピードは下がるものだ。けれどホムラの場合、その共通認識は通用しない。祖父の教えから颯介が編み出した、一風変わった機構を導入しているからだ。速度面での難を一つ上げるとすれば、まさに今陶子が言った部分のみだと言える。
「俺もそう思います。ただ向こうも自分の弱点はわかってるから、その隅をどう作るかですよね」
 今度は陶子が頷く。彼女は講師という教える側の立場であるが、こちらの言もしっかりと受けてくれることもありとてもやりやすかった。詳しくは無いと言いつつ、整備士の視点にも理解があるように感じる。
「テストドライバーにはデータが回ってるから、周藤君を想定した動きをしてくれる。私も上で見てるし、整備士も近くにいてくれてるから、要望があったら言ってね」
「はい」
『――次の滑空を行います。準備を行ってください』
 返事と共に、事務的なアナウンスが流れた。翔はタブレットを小脇に抱え、他の整備士が陣取っているオペレーションボードを垣間見る。次は雛の出番だ。
「じゃあ、宜しくね」
 こちらの肩を軽く叩き、陶子も桜色をした自分の愛機・ブロッサムの元へと戻って行く。翔も相方の元に向かい、搭乗台でセッティングする雛を見上げた。
「雛、大丈夫か?」
「翔……」
 やはり顔が青い。今日は元々緊張しているようだったが、初戦の相手が黎二に決まってから雛の様子は一気に変わった。今朝の地点ではあった、緊張しつつも楽しんでいるような控えめな笑顔が消えている。けれど、彼女があの二人を苦手にしているのも翔にはよくわかる。黎二は忘れているかもしれないが――初対面の時にままごとだと馬鹿にされたことは、半年たった今でも忘れられない。自分でもそうなのだから、雛となればもっとだろう。
「黎二のデータを元に動いてくれるけど、あくまで模擬だから、いつもどおりやったらいいと思う。俺もいるし、陶子さんも上に行ってくれる」
「――うん」
 機械のようにぎこちない動作で、雛はこっくりと首を縦に振った。
「……ホムラは、重さの所為で加速する前に一瞬だけ隙が出る。レールを撃ちこむならその時だ。俺が合図をするから、とにかく合わせて。ポジションはどこでもいいから」
 おい、と自分自身の肩を掴みたくなる。陶子と話したことの復唱ではなく、もっと何か――何でもいい、気の利くことを付け加えられないのか。いつも通りやればいいと言ったものの、今の雛はそれを強調することすら酷に思える程硬くなっている。このままの状態で試合に入るのは危ない。緊張や焦燥が高まっている状態は、事故に繋がることが多い傾向にあるのに。
『それでは、模擬試合を行います。次の選手は位置に付いてください』
 アナウンスと同時に、周りの職員が顔を上げる。翔ももう、オペレーションボードに付かなければならない。
「じゃあ、俺も定位置に行くよ」
「あ、あの、翔」
 仰ぐ。高い位置にある太陽が、彼女の亜麻色をした髪を柔らかく透かした。