Sparrow!!--#6:Burst(05)

「今年の選手はちょうど八十組。去年よりの若干人数が多く、混戦が予想されるが、その分の盛り上がりを期待している。試合は言うまでも無く十分間。レールを当てる際の配点、その他の細かいルールは本戦と同じだ。インターバルも同じく十分。勝敗に関わらず速やかに撤収し、時間の配分を必ず守ること。当然だが既定外のFMの改造、賭博、その他違法行為が見つかり次第、操縦士整備士共に免許は剥奪する。それから――」
「……雛、大丈夫か? 顔色が悪い」
 搭乗台に立った国枝が歯切れよく試合の流れを説明していく中、スパローを挟んだ隣に立つ翔が心配そうにこちらを覗いてきた。セレモニーは天馬重工の上役からの手短な挨拶やスタッフの紹介を経て、残るは初戦の相手の発表のみとなっている。
「そ、そうかな。ちょっと緊張してるだけ」
 緊張を隠して、雛は笑顔を取り繕った。弱音は吐かないと決めたのだ。あれから――去年の星望杯から、ずっとそれを実行してきた。何度操縦に失敗し、模擬試合で負け、シェイカーになっても、一度決めた自分ルールを雛は頑なに守って来たのだ。ただ、翔にはそれが通用しない。彼はいとも簡単に、こちらが言葉にもしてないことを拾い上げた。
「人の多さも、周りのパフォーマンスも気にしなくて良い。それに選手デビューが今年からってだけで、前から免許を持っている選手だっているんだから」
 それも一理ある。けれど、キャリアのある選手は勿論、それ以外の同期ですらも自分の何百倍も強い選手に感じてしまうのも人間の性だった。客席、グラウンド、全方向から来るプレッシャー。船酔いに似た感覚。チャンピオンになる、本戦に出る――という目標を叶えるには、ここにいる他の誰よりも強くなければならない。が、その誰もが同じことを目標に据えているのだから、気圧されるのも然るべきことだ。ふらつかないように、雛はぐっと地面を踏みしめる。翔に手を握って欲しいとも思ったが、口に出しかけてやめた。周り目もある上、そのまま不安がずるずると溢れてしまいそうだったからだ。
『それでは、明日の初戦の組み合わせを発表していきます。第一試合――』
 壇上の行程が終わり、ついにアナウンスが組み合わせを読み上げ始めた。名前が上がる度にディスプレイに名前が浮かび、二年目以降の選手には通年の平均成績が同時に映る。
 呼ばれる度にどこかしらで選手たちがざわつき、また別の所ではため息が漏れる。初戦の内容でこのシーズンのモチベーションが決まると言っても過言ではないと、雛にも依然聞いた覚えがあった。明日の試合は、それほど大切なものなのだ。
『――第二十六試合。四七一五、戸狩伊緒、対――四八〇一、霧島陸央』
「霧島君だ」
 知った名前に、雛は顔を上げる。陸央は同じ基礎講習に通っていた唯一同じ年の操縦士だったが、十一月の初頭には免許を取って早々と抜け出して行ったのだ。彼と同じく、雛と同じ基礎講習を受けていた操縦士の名前もちらほら上がる。全員でないのは、あの半分ほどが片羽の操縦士だったからだ。
『――第二十七試合。四七〇四、冴羽立葵、対、四七三一、水村千弦』
「あ、そうだ翔。私、さっき今呼ばれた人に会ったよ。冴羽さん……」
 続けて、つい先ほど聞いたばかりの名前が響いた。雛は再度翔を振り返り――人ごみの中、自分の丁度延長線上に、知った人物を見つけた。
 長身だが立葵とはまた違う、スポーツマンらしく鍛えられた体つき。目に入っただけで、これまでの倍以上の緊張が全身に走る。そして同様に――こちらの視線を察知したとしか言いようがなく――腕を組んで前を見ていた彼の目が、不意にこちらを捉えた。
『第二十八試合。四七二七、周藤黎二、対――』
 思う前に、アナウンスが彼の名を呼んだ。しかし、当の本人は微動だにしない。自分の名前など聞こえていないかのように、レーザーガンの如く真っ直ぐこちらを睨んでいる。
 視線にじりりと焦がされる中、唾さえも呑み込めず、息さえできない。以前に二度会った時よりも大きな緊張が腹の奥から這い上がり、グローブ越しに握る拳に力が込もる。けれど、彼は何事も無かったかのようにすっと視線を前に戻した。そして彼の名を上げて一拍おいたアナウンスは、無機質なほど淡々と次の名前を読み上げた。
『――四八一一、宝生雛』


 聞き慣れた名前が続けて呼ばれ、は、と短い笑いが漏れた。
「しょっぱちで当たるなんてねぇ。運が良いと言うか何というか」
 逆に言うと、こういう事があるから面白いのだが。颯介は自分の名前が呼ばれても微塵も動かなかった黎二を見、そこに表情が現れていることに気付く。
「思い出した」
 静かに口角だけを上げ、獲物に狙いを定めた、去年の星望杯に彼女と会った時と同じ笑み。黎二は足元に置いていたスポーツバッグを取り、さっさと踵を返した。
「黎二?」
「もう充分だ、ドック行くぞ」
 まだ終わってないけど――と言いかけて、颯介は口を噤んだ。名前が出たからには、黎二がここにいる理由は無い。ただ、来たばかりよりも随分と機嫌が良くなっている。
 飢えた獣を思わせる笑みにぞくぞくと背筋が震える。怯えではなく、胸の内側がひきつけでも起こしているような歓喜を含んだ震えだ。そこでやっと、自分自身も黎二のこの表情を待ち構えていたことに気が付いた。数カ月も影を潜めていた、練習では絶対に見ることのできない、激しい熱に満ちた彼を。
 未だ自分の名前を待つ人ごみを掻き分け、黎二はぐんぐんとこの場を後にしていく。去り際に翔と雛が思いの外近くにいることに気付いたが、あえて声なんて掛けず背を向けた。幼馴染で弟分。だけどこの場にいる以上、二人はライバルでしかない。
 負けられない。たとえそれが両方一年目の選手でも、手を抜くつもりは自分も黎二も一切ない。ここから先の勝利は全て、自分自身が生き抜くための大事な手札となる。一枚だって落とすことはできない。ましてや、明け渡すなどもっての他だ。
「明日、楽しみだなこりゃ」
 誰にともなく呟き、颯介は黎二の後に付いてグラウンドを後にした。


「――一試合目からか」
 翔の声で初めて、呼ばれたのが自分の名前だということにやっと気が付く。
「周藤さん……」
「早速当たったな」
 翔も気付いていたのか、横に視線を滑らせる。しかし、彼らはもうここを後にしてしまったらしい。依然自分の名前を待つ選手たちの中から、黎二とその整備士である久世颯介の姿は消え失せていた。まるで、もうこんな場所に用は無いとでも言うように。翔は拍子抜けしたように息を付き、強張りつつある雛に向き直る。
「さっき職員の人から聞いたんだけど、陶子さんも来てるって。午後からここはフリーだし、これが終わったら見て貰おう。時間は無いけど、やれるだけのことをしよう」
「うん、そうだね」
 怖くなんかない。ようやっと唾を飲み込み、雛は狼狽える気持ちを腹の底へと押し込め頷いた。不安を消すことはできないが、それを覆い隠すほどの気概もある。わざわざ本人に宣言するくらい、その理由が自分にはちゃんとあるのだ。
 彼にだけは、絶対に負けたくない。他のどの選手よりも。