Sparrow!!--#5:Flap(05)

 はっきりとして大きいが、とろんとした少し垂れがちな目元だ。睫毛は長く、右側には小さな涙黒子がある。
「りっちゃん! 久しぶりー!」
 再度親しげに名前を呼びながら、汐野がぶんぶんと手を振った。しかし彼女は身動き一つとらない。目が合ったのはほんの一瞬で、視線は何事も無かったかのように再度端末へと落とされていた。そして、距離があってもわかるほどの露骨なため息をつく。
 エレベーターのパネルが、ぽーんという間の抜けた音を立てた。
「紹介したい子がいるんだけど――って、あーあ」
 汐野が言葉を発している間に、彼女はさっさとエレベーターに飛び乗る。それからすぐに、音も無く扉が閉ざされてしまった。
「……行っちゃいましたね」
「ぬうう。相変わらず愛想無いなぁ」
 微かに聞こえる駆動音を追って、汐野は天井を見上げた。
「前からトレーニングや観戦でここに通ってるんですけど、いっつもあんな感じなんです。悪い子じゃないんだけどなぁ……雛ちゃんも後で会うと思いますが、仲良くしてあげてくださいね。――さ、更衣室行きましょう更衣室」
 上へ行ってしまった彼女と同じくらいのため息を付き、汐野は雛の手を引いて先へ向かった。後ろ髪を引かれ、雛はエレベーターを振り返る。目が合った瞬間の射抜くような視線が作った穴から、不穏な風が吹き込んでくるような感覚。同世代の者からは全く受けたことの無いその鋭利さに、雛はここがもう自分にとって未知の世界であることを改めて思い知った。
 同い年と言えど、学校のように和気あいあいとしていられる関係にはなれない。
 同い年だからこそ、意識せずにはいられない。操縦士だということは、即ち自分のライバルなのだから。
 勝負の世界に、自分は来たのだ。


 鮮やかなオレンジ色の椅子が、青空の下によく映えていた。
 瑠夏は眩しさに目を細める。海峰園スタジアム――ここを訪れたのは実に四年ぶりだ。試合があればそこそこ埋まっているはずの客席は三六〇度無人で、本戦に上がる前の約三年間を飛び回った場所とはまるで違うように思う。勿論、人気がない日を狙って来たのではあるが。
 元から来ることを伝えていたこともあってか、関係者用の裏口からでも殆ど顔パスで入ることができた。訪れるのは随分と久しぶりだったが、全く迷わずここまで来られた自分に少しだけ感嘆する。
 簡素なフェンスに肘を乗せ、人気のないグラウンドを見下ろした。記憶というものは身勝手な奴で、月日と共に物事の印象を大きくしていく。幼い頃に親を大きく感じていたようなものだ。風に梳かされていく横髪に手を添え、「こんなに狭かったっけ」と誰にともなく呟いた。と、
「良い息抜きになってるか? 瑠夏」
 後ろから聞き覚えのある声がした。だが、返答を用意するより先に背中に感じる圧迫感の方が上回った。これも傷のせいなのだが、背後にものが迫ると途端に居心地が悪くなるのだ。
「……後ろに立たないでください」
「ああ、そうだったな。すまんすまん」
 一歩横に移動し、彼――国枝は相変わらずの軽い口調で謝った。瑠夏はやっと振り返り、軽く息をついて彼を見る。
「別に、良いですけど……今日は何かあるんですか? 準戦は終わったのに、搬入用の車とすれ違いました」
「そうそう、今日は基礎講習だ。もう少ししたら、来年からエントリーする操縦士たちがグラウンドに集まってくる」
「基礎講習……」
「懐かしいだろう。お前が来てるって気付かれたら、軽くパニックになるかもな」
 自分で言った事に対して、はははと軽く笑う彼を尻目に、瑠夏はふいと宙を見た。
 それほどだろうか、と思う。事故や怪我を悲劇としたマスコミが世間向けに持ち上げているだけで、瑠夏は自分が選手や競技関係の者からはさほど注目されていないということを知っている。しかしそれを言う前に、国枝はすぐ傍の椅子に腰を下ろし口を開いた。
「調子はどうだ? 夏の時は良くも悪くもないって言ってたけど」
「特に変わりません。いつも通りです」
「そっか。体のことはほっとけってどやされたって、暁がこの前泣きついてきてたぞ」
「体調管理は自分自身で出来るので。……あいつにそこまでされたら、さすがに気持ちが悪い」
 言うと、国枝はまたハハハと大声で笑った。彼は、暁に整備を教えた師でもある。
「あいつ煩いもんな。でも俺、お前らはよく続いてると思うぜ。去年紹介した時は、シーズン開始までもたないなってここの連中皆で賭けてたくらいだし。――でも夏は凄かったよな。良くも悪くもなかった割には、初戦から動きにキレがあった。那智と当たっても、良い線行けるんじゃないか?」
「……相手は、那智さんだけではないですから。当たるかどうかも分かりませんし」
 瑠夏はわずかに頭を振った。星望杯は、夏の各リーグの制覇者に去年のチャンピオンを加えた十六名でトーナメントが行われる。その組み合わせは当日に決められるため、今の段階ではどの選手と戦うのかもわからない。それにいくら夏に好成績を残していても、現在二連覇中のチャンピオンとはそう簡単に渡り合えまい。
 しかも、彼には一度惨敗している。那智清天が乗る銀色の機体が、まるで飢えた獣のようにこちらに牙を剥く様を思い出した。あの時の試合で瑠夏は、彼にレールを一度も当てることなく試合を追えてしまったのだ。山も谷も無い、弄ばれるだけの平坦な試合内容。それは操縦士にとって、フォールで試合を終わらせられるよりもずっと屈辱的なことだった。