Sparrow!!--#4:Pat(04)

『――今年の夏の主役でしたね。春から通して、今年の大会全体のイメージとしてはどうですか?』
『そうですね。たった二年のことなんですが、事故をする前にはいなかった年下の選手が増えているのはとても嬉しいです。私自身、今の自分の出来にはまだ前ほどの自信を持っていませんが、春からの試合で彼らから刺激をたくさん貰って、その上で夏に向けての気持ちを作っていけましたし――』
 ウルフカットの艶やかな髪、切れ長の凛とした面差し。黒いライダースーツに身を包み、少しハスキーな声でインタビューに答えるその人物は、見紛うこと無く今年のFMマッチ夏大会の優勝者その人だった。
「……望月さんだ」
「密着ドキュメントなんだって。さっき始まったばっかりだし、一緒に見ようよ!」
 つい先ほどまで淡雪のようなピアノを奏でていたと思えないほど、駿ははしゃいだ様子で雛をソファまでエスコートした。夏の大会が終わって落ち着いているものの、兄のFMブームはまだまだ継続しているのだ。
 ダイニングを挟んだキッチンからは、神林が作る得意のビーフシチューの香りが漂ってきていた。彼は有難いことに、二人がすっかりFMの虜になっていることを知って気付かぬ振りをしてくれている。両親が厳しくしている反動なのか、彼は昔からこうして駿と雛には甘いのだった。
 テレビのドキュメント番組は、インタビューからこれまでの彼女の試合をダイジェストで映すコーナーに切り替わる。3Dテレビが本領を発揮して、今にも画面から飛び出してきそうな迫力で彼女の試合を映し出した。雛も駿も勿論初めて目にする事故前の彼女は、確かに今よりもずっと攻撃的な印象を受ける。風を受ける柳のように悠々と相手の攻撃をかわして隙を突く今のスタイルとは真逆で、まだ観戦に関しては素人の域を越えない雛の目から見ても、昔の方が速く勢いがあったという颯介の評価のとおりだと感じた。
「昔の映像って初めて見るけど、やっぱりかっこいいね」
 画面に見入りながら、駿はため息交じりに感嘆した。雛と同様、夏大会のおかげですっかり彼女のファンになってしまっているのだ。
「こういう風にFMに乗れたら、気持ち良いだろうなぁ」
 兄の独りごちる声を聞き、雛はふと思いついた。両親に話す前に、まず兄に打ち明けてみてはどうだろうか。両親の耳に入るのを避けてFMのことは話さないようにしてきたが、今このタイミングでなら平気なはずだ。
「……お兄ちゃん」
「ねぇ知ってる? 来月の星望杯、もうチケット完売しちゃったんだって」
 しかし、その試みは無邪気に話を変えた兄自身にあっけなく遮られてしまった。
「時間が夕方からだから、取っても行けなかったかもしれないけど……母さんがいたらテレビでも見せて貰えないだろうし、ちょっと寂しいね」
 星望杯。FMマッチのシーズン最後を飾る一番大きな試合。全てのFM選手が、この大舞台に立つことを目指して熱い春と夏を駆けぬける――昨日雛が勘違いをしていたことを、どうやら兄は既に把握していたらしい。
「あのね、お兄ちゃん――」
 雛は再度話を切り出そうとしたが、タイミングを計ったように開いたドアに凍らされたように口をつぐんだ。いつの間に帰っていたのか、仕事用のスーツから私服に着替えた母のエリサがそこに立っていたのだ。
「私が何ですって?」
「う、あ、な、何でもないよ。お帰りなさい」
「……お帰りなさい」
 いきなりの母の出現に、雛よりも駿の方が大きく狼狽えていた。相変わらず、両親の前ではFMマッチになど興味の欠片も無いという顔をしているのだ。今の会話を聞かれていたことを思ってか、ステージ直前でもけろりとしている顔が哀れなほど真っ青になっている。
「何ですか、こんなものを見て。本当野蛮……スポーツですらないわ」
 テレビに映る瑠夏の試合シーンに、母は整った眉をしかめさせた。縁の無い眼鏡の奥の目が一瞬で不機嫌になる。カード型のテレビのリモコンを手に取り二度ほど小さく振ると、テレビは魂を抜かれたように静かに電源を落とした。同時に駿の肩も落ちたが、母はそのことには気が付きもしない。夕食をテーブルに運んでいた神林が、驚いて母の傍に寄る。
「奥様、連絡下さればお出迎え致しましたのに」
「平気よ。貴方は家事と、この子たちの事だけしてくれれば良いの。テーブルの準備に戻って。龍彦さんももうすぐこちらに来られるわ。ほら、駿と雛も早く席に付きなさい」
 雛も駿も、不平を言うのも諦めて席に付いた。母は疲れたように兄の向かいに座り、声の無い溜息をつく。どうやら、機嫌が悪そうに見えるのはFMの所為だけではないようだ。綺麗な飴色の髪がまだ少しだけ雨に濡れており、毎朝完璧に作り込む化粧も殆ど落ちている。こんな様子の母は珍しい。思わずまじまじ見ていると、視線が合いかけて反射的に俯いた。普段よりも緊張が身に染みるのは、自分が母に言い難い決意を抱えているからだろうか。視線に晒されているだけで心中を全て読まれてしまっているような居心地の悪さを感じ、雛は余計に肩を強張らせた。