Sparrow!!--#3:Dive(07)

 そうか――そんな彼女の様子を見て、翔は不思議と自然に納得してしまった。胸を満たしていた安堵が、すっと虚無感と僅かな落胆に変わっていく。
 嫌になってしまったのだ。全くの初心者だった雛が、最初に乗ったFMでこんな事に遭ってしまったのだから、トラウマになって当然だ。自分は彼女の整備士なのだというだけで奮い立っていたが、それもこの瞬間で終わってしまった。――と、
「……ふふ、ふ」
 泣いていると思っていた雛が、不意に小さな声を立てて笑い出した。
「……宝生?」
「ううん……ごめん、なんだか……変、だね。可笑しくなっ、て、きちゃって……」
 笑い声を立てながら、彼女は真っ赤に紅潮した顔を上げる。そこには恐怖も嫌悪も見当たらない、くすぐったくて仕方がないというような笑顔だけがあった。
「はじめて……こんな、気持ちいいの、はじめて……だったから……ふふ……降りたくないなんて、思っちゃってたよ……ごめん、迷惑、かけたのに……ふふふ」
 鈴を転がすような可愛らしい声は、翔の胸の内に芽吹きかけた危惧を洗いざらいに吹き飛ばした。全てがきらきらと光り輝いている。あの夏の日からずっと、彼女のこんな表情が見たいと思っていたのだ。
「そんなことない……そんなこと、ないよ」
 いつの間にか、彼女の笑いがこちらにも伝染していた。決意も不安も安堵も全てが混ざり合い、胸の震えはそのまま可笑しさになってあふれる。グラウンドにいた全ての人が声を上げて集まってくる中、翔と雛の二人はただただ青い空の下で笑い合った。


「なんてこった……」
 国枝は唖然として、クッションへと突っ込んで動きを止めたFMと、それに乗っていた少女を見比べた。汐野をはじめとした部下の職員達が次々とそのどちらかに駆け寄っていくが、国枝は目の前で起こったことがにわかに信じられずに立ち尽くす。
 最後に機体が一瞬動きを止めた時、本当にもう駄目だと思った。しかし急降下して地面に激突するかと思った瞬間、彼女の乗ったFMはとっさに機首を空に向け、コンマ数秒の時間だけふわりと浮くような軌道を描いてスピンした。
 フォール――地面に向かって叩きつけられるようなプレーは普段から荒っぽい試合で行われることもあるが、それを無効化するようなこんな芸当は、少なくとも準戦の試合では見たことが無い。翔がどんな指示を出したのかは知らないが、トレーニング経験も無い、今日初めてFMに乗ったばかりの素人が――しかも自動操縦を切った状態で――すぐにできるような技術ではないのだ。
 そしてこの技術を軽々使いこなす操縦士は、現役でも国枝が知っている限りでは一人しかいない。
「……那智みたいじゃねーか」
「はは、ほんとそうですね。びっくりした。あれがビギナーズラックじゃなかったら、黎二と当たった時ちょっと手ごわいかも」
 いつの間にかすぐ後ろに来ていた人物を振り返り、国枝は今日何度目かのため息をついた。ここにいることは分かっていたが、まさか何もしないで見ているだけとは思わなかった。
「颯介、お前いたなら手伝えよ」
「えー? だって、手伝おうと思っても翔が全部オイシイとこ持ってったじゃないですか。俺にはもう、からかって遊ぶくらいしかやることないですよ」
 肩をすくめて答えた後、颯介も面白くて仕方がないという感じで翔と雛を中心とした輪の中に入っていった。汐野が泣きながら雛に抱き着き、男の職員達は次々に翔を小突きまわしている。
 あんな緊急事態が起きた後だというのに、当の二人は何故か可笑しそうに笑顔を見せ――その様子に国枝も不意に顔を緩ませ、ゆっくりと歩を進めながらしみじみと息をついた。
「……ったく、ほんとに……若いって良いよなぁ」

(#3:Dive--FIN.)