Sparrow!!--#3:Dive(16)

 このままずっと飛び続けていたい。地上に戻ると、翔と離ればなれになってしまう――何故かそんなことを思い、同時にその感覚が可笑しく、雛はヘルメットの中で一人微笑んだ。全く、今日の自分は感情の変化が激しすぎる。怒ったり落ち込んだり泣いたり笑ったり。彼と親しくなる前の自分は、こんなにも感情を出す人間ではなかったはずだ。
 何度かの旋回を繰り返して高度を下げ、速度は体感でもはっきりわかる程に遅くなっていった。スタンドに用意されたクッションも、徐々に雛の足元へと近づいてきている。
『――よし、そろそろ着地しよう……ゆっくり左にハンドルを切って。大回りになるから、体勢に気を付けて』
 翔の指示通りに大きくハンドルを切り、スタンドの上をなぞるように旋回しようとし――その瞬間、繋がれた二人の手を断つように、雛の乗る機体がふつりと動きを止めた。
 雛にも翔にも、それを見守る誰一人にも声を上げる隙を与えないほどの一瞬の間の後、機体はまるで獰猛な獣のようにわななき出した。不吉なけたたましい騒音を上げながら、突然がくんと高度を落とす。
「――ッ!!」
 雛の叫びは声にすらならなかった。千切れ飛びそうなほどの加速度を付けた機体が、呼吸をする間に地面に叩きつけられるように急降下する。
『宝生――!!』
 耳元で翔の叫ぶ声が聞こえた。
『――を――て――!!』
――空を見て。
 いつか聞いたことのある言葉が、彼の声が、脳裏に強くこだました。
 そして、雛の視界はスローモーションに突入する。


 その時何を叫んだのか、自分でもよく覚えていない。
 しかし突如加速して急降下した雛の機体は、その翔の声に反応するかのように地面に付くスレスレのところで角度を変えた。グラウンドの芝生を蹴散らすようにスピンし、土埃を巻き上げる。雛の様子がどうなっているのか、こちらからでは全く確認ができない。
 危惧していたことが起こった――けれど背筋が凍りつく間もなく、翔は走り出していた。
「おい、翔!!」
 背後から国枝の叫ぶ声が聞こえる。しかし止まらない。人間の足では到底叶うはずがない、そんなことは分かっている。けれど、止まったらそこで命ごと切れてしまいそうだった。そんな本能的な自分と、彼女を助けることだけを考え続けている理性的な自分がいる。そしてその後者の自分が、自分の行くべき先を示唆する。彼女を受け止めるように用意されたクッションの元へ、一直線に先回りした。
 グラウンドを這うように走るFMは、何度も地面に当たってバウンドを繰り返すおかげで、加速度はそこまでつかなかった。しかし雛の細い体が、今にも振り落とされそうに弾んでいる。
「こっちだ!!」
 クッションを指して再び叫んだ。雛が、機体に振られながらもこちらの場所を認めたのがわかった。すると、ぐんと機体の方向が転換された。空中で何度か試したことが効いたのか、彼女が難なくこちらに機首を向けたのだ。しかし今のままの揺れでは、機体は受け止められたとしても彼女の体は無事ではないだろう。自分も危ないなどと考える隙も無かった。翔も走る方向を変え、激しいバウンドを繰り返す彼女を乗せたFMに近づく。機会は一瞬しかない。翔は手を伸ばし、がむしゃらに名前を叫んだ。
「掴まれ――雛!!」
 伸ばした手に雛の手が触れ、思い切り強く掴んでこちらに引き寄せる。反動で胸に飛び込んできた彼女の体を抱きとめ、地面に叩きつけられる衝撃から守った。
 瞬間、世界の全ての音か翔の聴覚から消え去った。
 空の青さが目に眩しく映る。鞭打ちになった体は軋むが、全速力で走った後だというのに鼓動は不思議と穏やかだった。背後からくぐもった破裂音が聞こえ寝転がった体制のまま見ると、雛の乗っていたFMが、見事にクッションに突っ込んたポーズで動きを止めていた。
「う……」
 腕の中で雛の呻き声が聞こえ、はっとしてフルフェイスヘルメットを脱がせると、彼女はやっと上手く呼吸ができたというように肩で息をした。体中が脱力しており、まるで球体関節の人形だ。しかし、体温はとてつもなく高い。
「橘川……」
 荒い呼吸の中で、うわごとのように呟いた。涙と汗でぐちゃぐちゃになった頬を手のひらで拭ってやる。放心していた表情がまた泣きそうに歪んだが、翔は安堵で胸がいっぱいになった。こちらの方が泣いてしまいそうだ。
「宝生……良かった」
「うん……」
 こくりと頷いて、雛は身をよじって今にも泣きそうな顔を隠した。細い肩が小刻みに震えている。それに触れようとしたが、彼女はいやいやをするように体を背けた。