Sparrow!!--#3:Dive(11)

「――あれって、乗ってみても良いんですか?」
「んんん……? 誰かが移動させたんでしょうか。多分大丈夫だと思いますよ」
 色も全体的な雰囲気も他の試用機と同じタイプのものだが、雛の目に留まった理由はそのサイズだ。試しに乗ってみると、感じたことのある自分と地面との距離に納得した。ハンドルも、少しずっしりとしながらも動かせることができる。
「これの大きさが、橘川が作ったFMと同じくらいだなって思って――いい感じかも」
「じゃあ、それにしちゃいますか。実際に乗るFMに近い方が良いですもんねぇ」
 意見は簡単に一致し、汐野はそのFMを起動させた。ハンドルの間にあるディスプレイが淡い青色に光り、その下に数個あるボタンにも、星が現れるように白い光が灯っていく。
 そのまま汐野から簡単な操作のレクチャーを受けている間に、試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた。薄暗いプラットフォームに光が射し、顔を上げると、一番奥の壁になっている大きなシャッターが静かに開いていく途中だった。試合結果を告げるアナウンスと外から吹き付ける風が流れる中、グラウンド係の職員と二組の選手たちが、それぞれの機体を引いて帰ってくる。
 突如として増した臨場感に、雛はグローブ越しに汗ばむ手でハンドルを握りしめ直した。もうすぐ乗れるのだ。以前の自分では感じ得なかったであろう緊張を強く噛みしめる。
「汐野、もう出ても良いぞ」
「りょーかいです! ほいじゃ、行きましょう」
 国枝の指示に元気良く敬礼した汐野が、雛の強張った肩に触れた。
「緊張する……」
「大丈夫、リラックスリラックス!」
 汐野に補助してもらいながら、雛はゆっくりとその機体を動かす。FM自体にはタイヤはついていないが、スタンド部分にキャスターがついている仕組みだ。その車輪が、つるつるしたコンクリート張りの床を摩擦で鳴らした。倒さぬように足元だけを見ていた視界に、昼の光が射し込んでいく。
 顔を上げると、そこはもう夢の舞台だった。
 太陽は一番高い位置にある。三六〇度を取り囲むすり鉢状のスタンドは、上から見下ろした時よりもずっと広く、そして空を高くに感じた。試合が終わったと同時にはけたのだろう、観客は先ほどの四分の一にも満たない数まで減っていた。空の青と芝生の緑、スタンドの椅子のオレンジ、それを囲む建物の白――全ての色が、日光を受けて鮮やかに映る。
 翔の姿を探してスタンド中を見回すが、それらしい人物は見当たらない。しかしグラウンドに迷い込んできた涼しい風とほのかな潮の香りが、彼がいない不安と緊張に苛まれた胸を少しだけほぐす。
「雛ちゃん、こっちです」
 先を行っていた汐野に呼ばれ、雛は先を急いだ。点数の出るディスプレイの真下に設置された白いステージは予想外に低く、後ろ一面に傾斜の昇降路がついている構造だった。ゆっくりと機体を乗せ上げると、待ち構えていた職員達が傍らのコンピューターとFMを繋ぎ、何やら専門的な操作を始める。機体に跨り、シートベルトで体を機体に固定する。
 それらの準備が終わると、汐野からフルフェイスのヘルメットが渡された。彼女の指示に従ってフルフェイスメットを取り付けると、目を隠すシールドの部分に青白い半透明の明りがついた。一瞬だけコンピューター画面のような文字列や図形が浮かび上がり、そして元から透明な素材だったかのように、視界がはっきりと澄み切った。
「汐野、同期処理が完了した。いつでも始めて良いぞ」
「はぁい! じゃあ雛ちゃん、もうすぐ始めるので、しっかりハンドルを握っていてくださいね」
 そう言い残して、汐野はステージから飛び降りた。整備士用のコンピューターセットの前にスタンバイし、左手を高く上げて宣言する。
「それでは審査を開始します。カウントダウン、5、4、3、2、1――」
 グローブ越しに握るハンドルが、ブルブルと小刻みに震えだした。手元の各メーターが沸くように振れ、シートの下の動力が獣のように唸りだした。機体の鼓動に共鳴して暴れだす血潮をどうにか抑えながら、雛はその瞬間を待つ。
「――0!」
 ドッという衝撃。
 視界は白く――
 一瞬後に青く――
 迫りくる風の感覚、そして――
 圧倒的な空圧に――
 手を離さぬことだけに集中し――
――気が付くと、空の上を滑るように飛んでいた。眼前には眩いほどの青が広がり、視線を少しうごかして見てみると、足元にはスタジアムのオレンジの座席とまばらに残る観客が見える。