Sparrow!!--#3:Dive(10)

「ま、黎二もさっきはちょっと女の子相手に短気すぎたっつーか。操縦士になれるかどうかは審査が終わるまでわかんないから、今こんなこと言い合っても仕方ないんだけどね――」
 そこまで言い置いて、颯介はこちらの様子を伺うように一旦言葉を切った。椅子の背もたれに身を投げるように深く座り直す。
「で、個人的に興味あるから聞くんだけどさ。何で雛ちゃんにしようと思ったわけ? もち、好きっていうのは抜きで」
「何でそれが前提なんだよ」
「あれ、違うの?」
 笑顔で返してきた颯介から、翔は黙って顔を背けた。こちらのリアクションを見て楽しんでいるのが明らかだから、あえて否定も肯定もしない。あまり深いことまで言いたくなかったが、翔は細くため息をついてその理由に相当する言葉を自分の中から探しだす。空の上で聞いた彼女の声と、昔聞いたあの声とが記憶の中で重なった。
――なるんだ、なんて強い言葉、私には言えないよ。
――翔、わかって欲しい。なるんだ、なんて言葉、もう俺には言えないんだよ。
 似ていたのだ。目に滲む夕日の色も、震える声も、肩に染み込んでくる涙の温度も、何もかもが。
「……同じことを言ってたから」
「何それ。誰と?」
 怪訝そうに聞き返した颯介の方は向かず、再び強く吹いた浜風の中で、翔は呟くようにその名前を口にする。


 翔の家で嗅いだような油のにおいが、雛の鼻孔をかすかに突いた。
 天気の良い外とは打って変わったひやりとした空気。照明が暗く感じるのは、四方を囲う壁が剥き出しの鉄のままだからだろう。ここに来るまでの白い壁のイメージは消え去り、別の建物の中のように感じる。
「これ、全部FMなんですか?」
 室内に置かれるおびただしい数の機体を前にし、雛は目を見開いた。体育館の半分ほどの空間に、ざっと見ただけで三十台前後のFMが置かれている。形や大きさは様々あれどその大半はグレーの機体で、個性的な色がついているものは少数だ。汐野と同じジャンパーを着た職員や、選手と思われる私服の整備士が各々の機体を調整している。ライダースーツを着た操縦士の姿もあった。
 ライダースーツに着替え、別室で室内での審査を全て終わられたのはつい先ほどのことだ。ゲームセンターで見かけるような椅子とディスプレイが繋がったものや、ルームランニングを少し大仰にしたものなど――雛の普段の生活からはかけ離れた機械ばかりを相手に少しだけ良い汗を流したが、出した数値は顔を覆いたくなるようなものばかりで正直落ち込んだ。この出来で資格を貰えなくなるわけじゃないからと汐野にフォローされなければ、また一段と落ち込んでいたかもしれない。
「そうそう。今試合中だから、終わるまでここで待機してて下さいね〜」
 隣に立つ汐野もぐるりと室内を見回す。このプラットフォームという場所はグラウンドとスタジアムの外を繋ぐ場所に配置されており、試合に使われるFMは全てここで整備を行うらしい。
 二人の登場に気付いた整備士たちが、見慣れない顔だという風にちらほらと顔を上げて雛の方を見、その視線達につられ、雛は自分の体を覆うグレーのライダースーツを改めて見下ろした。最初に触った時は分厚くごわごわした印象があったが、身に着けてみれば何の違和感も無く体にフィットした。右手首と左胸部に金属の小さな機械つけ、その上から更に各関節部と胸部、そして首周りにサポーターをとりつけた。程よい固さと伸びのあるしなやかな生地には、全身を包み込むような温かみと安定感がある。
 ただその視線達に何となく恥ずかしくなり、雛はグローブをはめた手で自分の肩を抱くようにして上半身を隠した。ぴったりと肌にくっついているせいで、体のラインがそのまま出てしまっているのだ。下半身には比較的生地の余裕ができているものの、特に胸のあたりは気になって仕方がない。サポーターで固めるために、上半身の下着は全て脱いでいるからだ。つまり、ノーブラなのである。
「汐野」
 先ほど事務室で話した整備士、国枝がこちらに気付いて向かってきた。
「今ちょうど最終カードの途中なんだ。スムーズにいけば、あと二十分くらいで始められる。使うFMも始まるまでに決めといてくれ」
「りょーかいです! 行きましょう雛ちゃん!」
 プラットフォーム中の人間が一斉に振り向くような元気な声を出し、汐野は試用機の群まで雛を連れ出した。それらは十五台ほどあるが、全て大きさや形に違いがある。原付バイクと変わらないサイズのものから、どうやって乗りこなすのだろうと疑問になるほど大きなものまで様々だ。
「ちゃんとした選手の場合、整備士も試合中にFMを遠隔操作することができるんです。試運転審査は走行中の脈拍とか脳波をスキャンすることがメインなんですけど、実際の試合の予行みたいな感じで進めるんです」
 そう続けながら、汐野は室内の検査で取った数値を携帯端末のディスプレイに表示させる。
「雛ちゃんは体重も腕力も女の子の平均だし、とりあえず一番小さいのから乗ってみましょう。ハンドルがちょっと重たいなって思うくらいがちょうどいいですよ」
 彼女にそう促され、雛はやっとFMに触ることができた。一番小さいサイズのものから順に跨り、慎重にハンドルを左右にひねる。始めは自転車のようにするっと動いたが、当然のごとく、機体の大きさに比例して徐々に重くなっていく。そうやって数台に乗って試した後、雛はFMの群から少し離れたところに置かれた一台に気が付いた。