Sparrow!!--#3:Dive(08)

「で、付き合ってんのか?」
「つっ……! ――そんなのじゃ無いです」
 空振り三振というところか。翔はあくまで冷静に返したつもりだろうか、とんでもなく動揺しているのが傍から見てもばればれだった。何たって顔を通り越して耳まで赤い。友達以上恋人未満という一昔前の表現が頭をよぎったが、これ以上追及すると黙り込みそうなのでやめておいた。
「初めてだぞ、ああいう感じの子。ありゃウケる」
「どういうことですか?」
「選手になったら一般人気が出そうってことだよ。あの子目当てに動員が増えて、本部ウッハウハ。うちの家計もウッハウハ」
「……やめて下さい」
「おいおい引くな引くな。お前だから言ってんのに。……でもまぁ、そうなるのは成績とメンタル次第だけどな」
 操縦士と整備士の関係に変化があるように、選手の価値観も昔とはずいぶん変わってきているように思う。容姿だけ良ければ人気になる――一時はそういった時代もあったが、今はそれだけではやっていけない。準戦付きの整備士になってからこちら、何百人と適性審査の説明をしてきたとは言ったものの、何の疾患も悪影響の気も無く晴れて操縦士になった者の半分以上が翌年にはライダースーツを脱いでいる。
 つまり、操縦士は成るには易いが続けるに難い職なのだ。整備士免許との取得難易度の差の訳はここにある。彼らの中には整備士と出会えずに辞めていくというものも少なくは無いが、大半の理由は勝てないからだ。強い者ほど生き残るという考え方は、まだ選手資格の取れない十六歳以下の候補者たちに浸透し、操縦士になりたければ幼少時からトレーニングすべし、という価値観を植え付けた。
 国枝自身はそんな傾向にあまり感心を抱いていないのだが、それを言う前に翔の方から口を開いた。
「宝生、FMに興味持ったのも最近で。まだ全くの初心者で、トレーニングも受けて来てないことを本人は気にするかもしれないです。さっきも、そのことで黎二と言い合いになって」
「そうだろうな。あいつなんかバリバリの実力主義だ。ヤンキーのくせに頭堅いし」
 周藤黎二の猛禽類のような目つきを思い出した。あんなのに睨まれでもしたら、名前の通り雛鳥のような彼女は怯んで何も言えなくなるのではないのか。しかし、どちらかと言うと翔の方がそのことにショックを受けているようで――彼は酷く深刻そうに、素っ気ないグレーの床へと視線を落としていた。
「何もしてない初心者が試合でモノになるまでは、最短でも一年から一年半はかかる。大体の奴が、その間に挫折してやめてくんだ。でも俺は、それはそいつの能力や経験値の少なさだけのせいじゃないと思う。整備士だって選手なんだから、支えてやるんだ。あの子が、長く飛んでいられるように」
 その成長途中の肩をぽんぽんと叩き、国枝は歳の離れた後輩を励まそうと精一杯の言葉を選んだ。ちょっとクサ過ぎたかと思ったが、翔はふっと強張らせていた顔を緩める。
「……有難うございます」
 と彼が返事をしたと同時に、背後で内線のコール音が鳴り響いた。部屋に引き返して受話器を取ろうと手を伸ばしながら、国枝は再度翔を振り返る。
「試運転は試合が全部終わってからになるから、それまではスタンドで待ってろ。始まったら、グラウンドに出て来たら良い」
 翔は年相応の仕草でこくんと頷いて会釈をし、乾いた音を残して廊下を駆けていった。内線の相手を確認すると、FMの整備を行っているプラットフォームからの通話だった。
「――ん、俺だ。どうした?」
『あ、国枝さん! あのぉ、朝言ってた故障機が本部から届いたんですけど、どこに置いときます?』
 汐野と並んで、元気だけが取り柄の新人男子職員だ。若さの有り余っているその大声は、国枝の衰えかけの鼓膜を低気圧の中にいる時のように麻痺させた。
「そだな。フォームの横の方に避けといてくれ。他の奴が混ぜないように、印つけるか声掛けるかだけはちゃんとしておくように。飯食って戻ったら確認する」
『わっかりましたぁっ!』
 がちょんと回線を切られると、事務室にはまた静寂が戻ってきた。再び弁当と向かい合い、少しだけ冷めたコーヒーを一口飲んで、国枝は心の底からしみじみと呟いた。
「……ったく、若いって良いよなぁ」


 事務室を辞した後、翔は自販機から飲料だけを買って客席に向かった。人が空いている辺りに目をつけて、先ほどよりも少し前の列に腰を落ち着ける。目の前では、見慣れない二機のFMが空中で絡み合うように飛んでいた。明るい黄色をした機体が一旦抜け出るように上昇し、メタリックな光沢を持つボルドーの機体が身を傾けて軌道を変える。どちらかを援護するわけでもなく、浜辺からの少し塩っ辛い風がさあっと吹きぬけた。
――彼女が長く飛んでいられるように、か。
 祖父の弟子であり、一番好きだった操縦士の相棒であり、整備士として誰よりも尊敬している人物から言われた言葉は、当の本人が思っていたよりもずっと強く翔の胸に沁みた。先ほどの黎二の言葉を真に受けて、雛が選手になるのを諦めてしまったらという考えが悶々と胸に充満していたのだ。彼女を励まそうと口を開いても、決して言うまいと思っていたことまでぽんぽんと声になり、これまでに経験が無いほど焦ったものだ。