Sparrow!!--#3:Dive(07)

 鼓膜が破れるかと思うほどの甲高い声を響かせ、部下の汐野梢(しおの こずえ)がドアを蹴破る勢いで入ってきた。FM競技会のエンブレムが入ったジャンパーをはためかせ、頭頂で団子型に結われた茶髪が千切れんばかりに揺れ踊っている。まだまだ新人の域を越えない二年目の職員で、国枝が教えている弟子――という程格好のいいものでは無いが――の一人になる。
「な、何だ!?」
「大ニュース! 大ニュースですよぉ!!」
 瞬時に弁当の蓋を閉じて振り返ると、汐野は贔屓のスラッガーが逆転満塁ホームランを打ったかのような興奮しきった様子で続けた。どうやら悪い知らせではないらしいが、それにしてもテンションが高すぎる。
「だから何が?」
「翔君が! 操縦士を! 連れてきました!!」
「はぁ……?」
 国枝はディスクチェアの背もたれいっぱいに身をのけぞらせ、低身長の汐野の背後に覗く見慣れた少年を見た。知り合いの息子であり、夏に行われたFM整備士の資格試験に史上最年少の十六歳で合格した、末恐ろしい高校生である。
「おう翔。なんだ、もう操縦士連れて来たってか」
 驚異的な早さで整備士になっただけに、操縦士を連れて来るのも早いんだな――国枝は妙に感心した。普通、免許を取ってすぐの整備士が一番骨を折らされるのが操縦士探しである。整備士にはそれなりの経験値が求められるせいか、上を目指したい操縦士は新人整備士と組みたがらない傾向があるからだ。新人整備士と組んで遜色ない試合を見せるのは、酸いも甘いも嗅ぎ分けられる経験値のある操縦士だけだ。
「はい。それで、審査をお願いしたくて」
「えらい早いな。颯介みたいに、免許取る前から決めてたのか?」
 最も、去年一昨年と歴代記録を塗り替えた久世颯介と冴羽茉莉(まり)の二人は、幼馴染や実弟といった身近な人物を操縦士として立てている。特に颯介は、周藤黎二のために整備士になったと職員らにも公言しているほどだ。操縦士が自分のために整備士を選ぶ時代じゃなくなってきている――金を積んででも良い整備士と組むことが操縦士のステータスだった昔とは、明らかに傾向が変わりつつあることを国枝はしみじみと感じた。
「いえ、そういうわけではないんですけど――」
 そんな国枝の年寄くさい思考を知ってか知らずか、翔は更にその後ろに控えていた人物に目配せした。
「……その子?」
 翔と同い年くらいの――いや、それはあまり大した問題でない。国枝が驚いたのは、それがどこからどう見ても育ちの良さそうな、華奢で綺麗な少女だったからだ。空色のワンピースを着、足元のパンプスはてかてかと廊下の安い蛍光灯の光を反射した。元は長いのであろうアップにされた髪は色素が薄めで、外国人のようなはっきりした形の目をしている。高級ホテルで売ってる洋菓子みたいだな、と無粋なことを考えた。
 つまりどう考えても、身体を剥き出しにして乗る、空飛ぶバイクで行う格闘技の選手などになるような雰囲気はない。女性の操縦士自体は年々増える傾向にあるが、その大体が望月瑠夏のような男勝りなタイプなのだ。十何年も競技会付きの整備士として何人もの操縦士を見てきたが、こんな少女が来たのは初めてのことだった。
「……宝生雛です。宜しくお願いします」
 貰われてきたばかりの猫のように緊張した面持ちで、彼女はこちらに丁寧に頭を下げる。その温室育ち丸出しの仕草に、こちらも思わず椅子を引いて立ち上がった。
「ああ。ここの競技会の主任で、チーフ整備士の国枝だ。宜しく。操縦士になりたいんだな?」
「はい。……なりたいです」
 雛は隣の翔をちらりと見やり、それからこちらを見てはっきりと言い切った。その表情は真剣そのもので、掴んだものを手放してはならないとでも言うような切実さが詰まっている。まだ世界の何にもに触れてない、生まれたての純粋な目だ――と柄にもないことを考え、国枝は胸の内だけで苦笑する。
「翔に聞いてるかもしれないけど、適性審査はまず先に室内で身体に関するデータを取る。これは学校の健康診断や体力検査と同じようなもんだと思ってくれたらいい。そしてその次は、試運転として実際にFMにも乗ってもらう」
「FMに乗れるんですか?」
「操縦は自動だけどな。これは試験じゃないから、そのまま乗って雰囲気を感じてくれたらいい。ただ、この審査を受けたら絶対に操縦士になれるわけじゃない。確かに殆どの場合は無事に通過できるし、そう思ってきているかもしれない。でも中にはこの審査で体に疾患が見つかったり、今後悪影響が出る可能性があったりで資格をやれない場合もある。これはちゃんと理解しておいてほしい」
 もう何百回としてきているだろう最初の説明を、期待と不安の色が混じった少女の目に晒した。彼女は若干不安の色の方を強めたが、それでも再び頷く。
「――よし。汐野、審査用のスーツ取ってこい。室内の検査はお前に任せる」
「はい! まっかせて下さい!」
 雛以上の期待を込めた目でやりとりを見ていた汐野が、元気よく甲高い声を張り上げて一旦事務室に引っ込んだ。合皮でできた審査用ライダースーツのパックを、三秒でひっつかんで戻ってくる。
「雛ちゃん、それじゃあ行きましょうか」
「え……は、はい」
 戸惑う雛の腕を引っ張って、汐野はあっという間に審査室のある方へとリノリウムの廊下を駆け出した。名残惜しそうな視線を残す雛を、翔も黙って見つめ返す。二人の影が突き当りの奥へと消えて間もなく、国枝は直球ど真ん中の質問をこの天才高校生に放り投げた。