Sparrow!!--#3:Dive(04)

「雛ちゃん、こっちは周藤(すどう)黎二。俺と組んでる操縦士だよ。ちょっと無愛想だけど、悪い奴じゃないから」
「操縦士……」
 やっぱりそうなのだ。初めて間近で見る憧れの存在を横目で盗み見ながら、雛はもう一つ気になったことを口にした。
「――それじゃあ、久世さんは整備士なんですか?」
「あ、俺のことは颯介で良いよ。そうそう。それがねぇ、この前翔が免許取らなかったら最年少整備士のままだったんだけどねぇ。ニクイことしてくれるよねぇ」
「別に、記録を更新したくて試験受けたわけじゃないし」
 雛を挟んで颯介と反対側に腰を下ろした翔が、呟くように訂正した。
「その割には、随分焦って取ってた感じするけど?」
「……そんなことない。たまたまだよ」
「ふぅん。何だ、俺に張り合ってたわけじゃないのか。つまんね」
 ビーッという試合終了のブザーが鳴り響き、アナウンスが淡々と成績を読み上げていった。本戦のように歓声が上がるわけでなく、所々で小さい拍手が沸いた程度だ。しかし一気に観客が弛緩したのは肌で分かる。ここで試合を見ている大半の人々が、同じく本戦を目指している準戦選手なのだろう。エンターテイメントとして観戦しているのでなく、全員が互いをライバルとして偵察しあっている空気がひしひしと伝わってくる。
「……で、今日はあと何試合残ってるの?」
「四試合だったかな。今回は上位の選手が少なめだったからそんな面白くは無いけど、最後に冴羽(さえば)姉弟が出るのは個人的に見ておきたいかな。あの二人、来年度の昇格は確実だし。黎二もかなり気にしてるんじゃない?」
「気にしてねぇよ。言う程怖くねぇだろあいつら。俺は望月と那智(なち)くらいにしか興味無い」
「まぁたそんなビッグマウスを。あとほら、悠斗忘れてるんじゃない?」
「は、あいつなんて特にどうでもいい」
「……悠斗って、柏原悠斗? 同期なんだっけ」
「そ。翔には言ってないかな。黎二さぁ、去年あいつに5戦4敗1分けで」
「余計なこと言うんじゃねぇっつの」
「でも、夏の試合は見てて結構ヒヤヒヤしてたんじゃない。まさか悠斗が決勝まで行くと思わなかったし。もし勝っててたらどうしてた?」
「あんなのマグレだ。あの面子ならどう考えても望月だけ抜けてんだろ」
「はは。黎二、相変わらず望月推しだね。二年もブランクあったのに、そう言い切れるもんかな。翔はどう思う?」
 無視を決め込んだと思っていた黎二もいつの間にか会話に加わり、三人でああだこうだと会話を始めてしまった。次々に出される知らない単語に、雛は完全に置いていけぼりを食らっている。わかることと言えば望月瑠夏のことくらいだが、操縦士志望としてはどうにかこの輪に入れないものか。
「……俺も、あの中だったら望月さんだと思ってた」
「なんだぁ。ま、確かに望月以外は想像できなかったけど。でも、あの感じじゃ秋ではあんまり行かないと思うね。全体的に昔の方が速くて勢いがあったし、整備士も変わってまだ慣れてない感じもした。那智には敵わないよ」
「ふん」
 颯介の冷静な言に、黎二がつまらなそうに鼻を鳴らした。翔も反論する余地が無いのか黙ってしまっている。しかし雛はというと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。
「――でも、望月さんがチャンピオンなんじゃないんですか?」
「は?」
「え?」
 黎二と颯介が同時に声を上げた。二人とも驚いた顔でこちらを向き直り、黎二に至っては怪訝そうに眉根を寄せている。
「だって、あの、夏で優勝してた、から――」
 隣に座る翔が、つんとこちらの袖を引っ張った。少し焦ったような表情で小さく横に首を振る。
「宝生、望月さんはまだチャンピオンじゃない」
「――そう、なの?」
「夏大会は、秋大会の出場権をかけた試合だから。秋の最終試合で、やっとそのシーズンのチャンピオンが決まる」
 思考が一瞬停止した。夏大会の盛り上がりから、てっきりあれがチャンピオンを決する試合だと思っていたのだ。後頭部を打つような衝撃と羞恥心が込み上げる。
「ほんとに初心者なんだね。那智清天(きよたか)って、聞いたこと無い? 今チャンピオンの。一般的にも結構有名だけど」
「いえ……」
 聞いたことも無い名前だ。颯介の問いに弱々しく答えると、彼ではなく黎二が吐き捨てるように言った。
「マジかよ。那智も知らないなんて有り得ないだろ、何で準戦見に来てんだ」
「宝生は、夏から初めて見だしたんだよ」
 フォローに入りかけた翔をぎっと睨んで、黎二が声のトーンを上げて食って掛かる。
「そんな奴何で連れて来るんだ。翔、お前冷やかしで来たのか?」
「違う――」
「違うかよ。まだ操縦士もいないくせに舐めた真似すんじゃねぇ。最年少でなったからってすかしやがって。遊びで来てるんだろ? ド素人の女連れてきて良い格好したいだけなら、外でままごとでもしてろ」
「ちょっと待ってください」
 黎二のあんまりな言い様に、雛は思わず立ち上がっていた。羞恥心はまだ引きずっている。が、そんなことは二の次だった。自分ではなく翔が貶されたことが、我慢できないくらいに許せなかった。