Sparrow!!--#1:Sprout(04)

 眩しさに思わず目を細める。ぎらりと太陽光を反射して飛ぶその黒い機体に、雛はもう既に夢中になっていた。先ほどまで感じていた憂鬱な気持ちも、駿を探さなければならないことも、全てが興奮の海の中へと掻き消える。
 何を見て、何を聞いて、何を感じているんだろう。指の先ほどの大きさに遠ざかってしまった機体とその操縦者に、とりとめのない思いを馳せる。
 勝負は十分間。翔はそう言っていたが、息をしていたかもわからないほど一瞬だった。黒は上昇と降下を繰り返し、スピードに不規則な緩急をつけて相手と観客の視線を翻弄する。点を取るための赤い光・レールの使い方も速く的確で、素人目から見ても全く無駄がない。
 オレンジの機体も大胆な飛翔で攻め入ってはいるが、接触するギリギリまで溜めた後に高速で回避するという黒側の戦法に、決め手となる一発が当てられない状況が続く。レールが空中で交わされるごとに、歓声と悲鳴が混ざり合い上がる。
 スコアボードに大きく映された制限時間のデジタル時計が、瞬く間に残り二十秒を切った。点差を持っている黒はもうほぼレールを撃つのをやめ、回避に徹している。しかし、最後の逆転を狙おうとしたオレンジが、宙返りで回避を行った黒の隙を上手く突き、高得点圏である正面に回った。
「あっ……!」
 無意識に悲鳴を上げている自分にも気付かずに、雛は息を飲む。だがその一瞬後、黒い機体はこれまでで一番のスピードで急上昇し、螺子のような回転を伴って直角に下降してきた。殆ど落下のような速度、あまりにも素早い反応。回避するタイミングを逃したオレンジの機体に接触するギリギリの所で、最後のレールを音も無く打ち込んだ。
 スコアボードに中継映像が無ければ、何が起こったのか、観客席から肉眼で確認できた者はいなかっただろう。皆が理解するまでの一瞬の静寂の後、地響きのような大歓声が会場中から沸き上がった。雛もつられて声を上げる。
『何ということでしょう! 素晴らしい! 二年というブランクがありながら、その腕前は全く衰えていません! 逆境を乗り越え、本戦の女王、この夏再君臨となるか! 勝者、望月瑠夏――――!』
 アナウンサーも声を張り上げて興奮を表した。華々しく勝利を挙げた黒いFMは、速度を先ほどとは見違えるように落とし、迫り出したスタンド席の縁に沿ってすうっと滑らかに滑空する。スタンドの最前スペースに集まった観客が、それを追うように一斉に移動した。試合前に兄が言っていたことを不意に思い出し、雛は妙に楽しい気分になった。
 手摺から伸ばされた数多の手にタッチを返しながら、黒の操縦士は機体を更に減速させるとフルフェイスメットを颯爽と脱ぐ。二十代半ばほどの、きりりとした顔立ちの美女だ。後ろ髪だけ少し伸ばしたウルフカットの黒髪がよく似合っている。
「女の人なんだ……」
 名前を聞く限りで予想はしていたが、改めて知ると衝撃的なものがあった。そう気づいてみれば、黒いライダースーツの下の体のラインも、やけに艶めかしく思えてくる。
「選手に性別は関係無いからな。男でも女でも対等に試合ができる。操縦士には十六歳以上って規定があるけど」
 彼女――望月瑠夏の軌道を目だけで追いながら、翔がぽつりと補足した。彼はこの結果がわかっていたとでも言うように、落ち着き払っている。その様子に、雛は先ほど気になったことを思い出した。
「橘川って、勉強しに来てるって言ってたよね」
「ん、ああ」
「もしかして、選手になりたいの? これの……」
「選手は選手だけど、操縦士じゃない」
「へっ?」
 思わず、視線を瑠夏から翔に戻した。彼はまだ興奮の尾を引いている周囲を尻目に、客席のずっと下、グラウンドの方を指差す。
「あそこ。ステージみたいになってるだろ?」
「――うん」
 今まで空中戦にばかり夢中で気づかなかったが、グラウンドの隅には3メートル平方ほどのシンプルな台が設けられ、FMのメンテナンス用であろう機材が出ていた。それらに囲まれるようにして、客席上を旋回する瑠夏に向かってぶんぶんと激しく手を振っている青年が一人。ファンサービスを終えた瑠夏が人工芝の上に着地すると、彼は待ちわびたように駆けつけて何かを話しはじめる。敗者であるオレンジのFMは、もう既に退場をした後だった。
「あの人?」
「そう。整備士っていう。名前の通りFMの整備と、試合中に操縦士の運転の補助をする係。見てる分にはどうしても操縦士に目が行くけど、FMマッチは二人ペアじゃないと選手としてエントリーできないから、かなり重要な役なんだ。免許をとるのだって、操縦士よりもずっと難しい。専門の技術も知識も、両方取られるし」
「へぇ……」
 翔がそれを目指すなら、わかる話だと思った。実際、彼は数学や物理などの理系教科に強い。定期テストでは殆ど満点で首位をキープしていたし、付属先である大学の工学部からも、すでに声が掛かっているとも噂がある。
「なれると良いね」
「いや、なるんだよ」
 雛の月並みな言葉に、翔はこちらを向いてはっきりと答えた。
「良い、とかじゃない。なるんだ。そのために準備してるんだから」
 強い目。視線は合っているが、その焦点は雛を通り越したずっと先に当たっているような気がして、胸の奥がヒリヒリと焦げるような感覚を覚えた。
 目の高さは同じ位なのに、雛よりもずっと高い場所から、彼は世界を見ている。
 何が見えるの? そこからは。
「来月の終わりに、整備士免許の取得試験がある。それに出ようと思って……まぁ、一発で受かるとは思ってないけど」
 思わず言葉を失っている間に、翔は視線を下に戻していた。瑠夏とその整備士は、すでに機材を片付けて退場しかけていた。FMを大型バイクと同じように引いてはけていく瑠夏の背中に、再度客席から拍手が送られている。試合中に受けた印象と違って細く女性らしい彼女の背中を見つめながら、雛は続けた。