Sparrow!!--#1:Sprout(03)

 FMは正式名称をフェザー・モートという。名前の通り、あたかも羽根が生えているように空を滑空できる乗り物だ。
 形はバイクに似ているが、その形や色は多種多様にあるらしい。装飾に凝った派手なものからシンプルなもの、本当にバイクのような外見のものから、どちらかと言えばジェット機に近いような形のものまで。兄が持っている写真でしか見たことが無いが、それだけでもかなりな種類があることがわかる。
 それが二機、このスタジアムの空間を飛び回り、勝敗を決めるというのだ。どうやって決めるのか、詳しくは知らないが。
 ここ天馬市はFMマッチが初めて行われたという街であり、このスタジアム――正式名を、天馬マリンドームという――はその大会が初めて行われた、いわばこの道の人々の聖地である。しかし雛とて天馬市民の一員だが、FMマッチをテレビ中継でさえもまともに見たことが無い。そう言うと、翔は少しだけ目を丸くした。
「そうなのか」
「単に、父さん達が好きじゃないってだけの理由なんだけど。やっぱり、変わってる?」
「いや、よくある話だと思う。そういうの。今は禁止になったけど、昔は賭博のネタにもされてたっていうし。その時代から知ってると、子供にあんまり見せたくないっていう人だっているだろう」
 言うと馬鹿にされるかもと思っていたが、隣を歩く翔の反応は落ち着いたものだった。相変わらず絶え間なく会場の声が響く中、先ほど一人でいる時に感じたような疎外感が殆どなくなっていることに雛は気付く。
「橘川のうちでは、そういうことはないんだね」
「むしろ、親がどっちもこれに関わってたから。物心ついたときにはここに通ってたし」
 こちらの問いに、翔は少し肩をすくめて答えた。ますます、今まで持っていたイメージとはかけ離れている。
「ほら、ここで良いんだよな?」
 次の質問をしようと口を開きかけたとき、翔が不意に足を止めた。彼との会話に熱中して、スタンドへと向かう階段に気付かなかったことに雛は赤面する。翔は雛の持ってきたチケットと通路の表示を照らし合わせていたが、フェードインするように切り替わった会場のBGMに顔を上げた。
『さて間もなく本日一回戦目、期待の復活戦・望月瑠夏対、若手の代表、本戦二年目・日向柾(ひゅうが まさき)の試合がスタートします! 準備はいいですか?』
 アナウンサーはいつの間にか選手の紹介を終えており、ついにメインが始まるというその煽りに観客の声が一斉に重なる。先ほどのお祭り騒ぎの雰囲気から一変し、唾を飲むような緊張感が空気に漂いだした。
「試合が始まるの?」
「ああ。初めて見るんだったら、多分びっくりすると思う」
 翔も、先ほどよりかはわずかに高揚している様子だった。同じクラスになってからを思い返しても、彼がこんな表情を見せたことは一度だって無い。
『では始めます! カウントダウン、5、4、3、2、1――』
 こちらに合わせて貰いながらも少し足早に階段を上りきり、雛は目を見開く。
 眩しすぎる卵型の青、潮の香り、炎天下の熱い空気、そして、
『――0!』
 ゴッ、という轟音と共に突風が頭上を通り過ぎ、雛は声にならない悲鳴を上げた。
 生まれてから今まで、一度も感じたことのない風圧。この一瞬のみでも鼓膜が軽く麻痺し、客席中が上げる歓声が戻ってきたのは数拍おいてからだった。
 何、あれ。
 そう呟いたつもりが、上手く声にならない。それらを目で追うことで精一杯で、呼吸の仕方さえも忘れてしまったようにも思えた。
 一つは、鋭い艶を湛えた黒い流線型の機体。もう一つは、空の青さに映える鮮やかなオレンジの機体。いずれにせよ大型バイク並の大きさがあるが、前者の方が少々小型に見えた。
 機体と同じ色のライダースーツとフルフェイスメットを身に着けた操縦士は、いずれもむき出しになっており、バイクと似た造りのハンドルを握りしめている。ガソリンを使っているような煙は見えないが、操縦士が乗るシートの下――バイクで言うタイヤの部分に、大きなリング状のものが高速で回転しているのがわかる。
 それが――先ほどのような凄まじい風と歓声を連れて――スタジアムの中を縦横無尽に飛び回っているのだ。時には競争をするように並び、かと思えばそれぞれが反対方向へと別れ、突然空へと急上昇し、螺旋を描き宙返りを繰り返す。まるでダンスのようだ。しかも、それが目にも留まらぬような速さの中で行われている。
 これがFM。フェザー・モート。人が宙を滑空することができる、現在で最小規模の乗り物。
 いわば、翼だ。
「すっ……ごい……」
 ぽかんと開けたままになっていた雛の口から、やっと声が漏れた。と同時に黒い機体が再び頭上を通り過ぎ、周囲が歓喜に沸く。
「凄い、凄い! 橘川、凄い、ほんとっ……!」
 興奮のあまり声を上げながら、雛は思わず隣にいた翔に向き直る。が、彼が心もち驚いたような顔でこちらを見ているのを見て、あわてて我に返った。
「ごめん、ちょっと興奮しすぎてたよね」
 また赤面していくのがわかる。凄いとしか言えなくなっていたのが恥ずかしい。
「……別に、かまわないけど。気分良くなったみたいだな」
 翔はふいと視線を試合に戻しながら、しかし少しだけ笑って言った。こちらも、なんだが可笑しくなる。
「そう……みたい。あはは。だって、ほんとびっくりしちゃって。FM、かっこいいんだね」
 近くのフェンス際まで移動し、改めて試合中の二機を観察した。まだ速さについていけないが、目が慣れてしまえば随分楽に見ることができるだろう。よく見ると、二機の間に朱色の光の筋が行き交っているのに気が付いた。
「あの、光線みたいなのは何? たまにチカチカ見えてるけど」
「レール。あれを相手に当てて、その場所で入る点数が決まるんだ。側面が2、後ろが4、前が5。もっと細かく点数が分かれる時もあるけど、基本はそう覚えておいたらいい。十分間の試合で、どれだけ点が貰えたかで勝負が決まる。あとは、相手を下のグランドに着地させたら、どれだけ時間が残ってても勝ち」
 隣に立った翔が解説を終えると同時に、ビーッという高い音が響いた。雛たちから見て右手の奥、スタジアムの一番高い位置に掲げられたスコアボードが点滅する――大画面が左右半分に分断されており、右側には今行っている試合の中継映像が、左にはスコアと残り時間が映し出されていた――『RUKA MOCHIZUKI』と書かれた下に、4という文字が灯る。
「ほら、今点が入った。あの黒いFMが、オレンジの方を撃ったんだ」
「へぇ……」
 相手に先制した黒い機体は、一瞬だけ身を引くように減速し、ひらりと大きく宙返りして空高くにまで昇った。そこは、完全にスタジアムの領域を超えている。重力からも人の手からも飛び出した高みを滑空するその姿は、あまりにも綺麗で、強く、気高いものに見えた。