Baby, cry for me.(01)

 前髪は、眉の下辺り。
 横は耳に掛ける。知的かつ自信があるように見えて、印象が良い。後ろは女性らしく長く。でも長すぎるのは駄目。手入れが行き届かなくて、不潔に見えてしまうから。肩甲骨が隠れるくらいの長さが、私たちのスタンダードだ。
 だけど今の私の長さは、そのスタンダードからだいぶ伸びてしまっている。手入れができないわけじゃないし、切りに行くのが面倒で放置してしまっていたのだ。指の先で摘んだ毛束に息を吹きかけて、遠くに飛ばす振りをする。ふわっと舞い上がるのは一瞬のこと。教室で悪目立ちしないように毎朝必死でアイロンを当てている髪は、見た目の印象ほどさらさらでもしなやかでもない。痛んでぎしっとした感触のこの髪を、時々無性に切り刻んでしまいたくなる。
 薄暗い放課後、広い教室に一人きり。三月も気付けば半ばで、先週三年生が卒業したばかりの校舎はいつになく寡黙だ。だけど上級生と誰一人面識も無かった私には、特に何の叙情もない。今の私は――それこそ、自分の髪の毛で遊んでしまうくらい――ひたすら目の前の課題に飽きている。先週見せられたボランティアのドキュメント映像なんて、正直言って殆ど記憶には残っていない。それでも残ったこの余白、ざっと見積もってあと四〇〇字程度のスペースを、どうにか埋めなければならなかった。
 今日が提出期限だったのを忘れていたわけじゃない。のだけど、風邪で一日休んだりしている間にうっかり当日になってしまった。昼間はグループを作って一緒にいるクラスメイトたちは、こんな時に待ってくれるほど仲良くはない。仲が良い振りをしているだけだから。群れていると何かと便利だから群れているだけ。私たちは、そうした自分たちの関係にある種の諦めを持っている。そして、諦めと孤独はとてもよく似ていた。
 たくさんの人々の好意が、私たちの知らないところで生活を支えているのだなと感じました。このドキュメントで得たことを、これからの将来のために役立てていければと思います。敢えて長ったらしい表現にし、不必要なくらい丁寧な言葉を使い、剥がしたティッシュよりも薄く軽い文章でスペースを埋めていく。なんて惰性的な作業。集中力の浪費に嫌気がさしながらも書き終えたちょうどその時、電子ノートの上に日が射した。
 誘われるように窓を振り返る。厚い雲が切れ、その隙間から、ぽってりとした濃い朱色の夕日が姿を覗かせていた。遠くに見えるビル群がきらきら光り、その上に中庭の桜の木が重なる。窓の格子の影は色濃く、教室はまるで光の手のひらに掬われているみたいな温度に包まれた。
「凄い……」
 素直に感嘆し、私は席を立って窓辺に向かった。こんな夕日を独占できるなんて、一人きりでも残っていた甲斐がある。紫から金色のグラデーションを背負って燃える紅(あか)は、見つめるだけで胸にじんと何かが沁みた。この紅い光は、私と太陽との距離が遠い証拠だ。地球の自転に沿って光の角度が変わる中で、波長が短い青色の光が大気に当たって屈折し、逆に波長が長い赤色の光が地上に届く。地学で習ったメカニズムだけど、何故残る色に赤が選ばれたのだろう。この情景をわかって赤色に設定づけたのだとしたら、神様もなかなかなロマンチストだ。
 窓枠に手を掛けたまま、呆然と終わりゆく昼の空を見送る。どこかの金属に反射した強い光に目を細め、私は不意に中庭に佇む一人の生徒を見つけた。
「――水野(みずの)?」
 中庭を囲む躑躅の生け垣の向こう側に、つい先ほどまでこの教室にいた頭が覗いていた。間違いなく、クラスメイトの水野夕妃(ゆうひ)だ。他の女子とは違い、耳を隠すほどのボブヘアにしているからすぐにわかる。その髪が、まだいくらか寒いであろう三月の風に揺れていた。
 ホームルームは一時間ほど前に終わっているし、水野は部活にも入っていない。何であんなところにいるのだろう――とは思ったが、彼女自身は特に何もせず、ただ校舎の壁に凭(もた)れているだけだった。いつもどおり伏し目なまま、その横顔には神妙な色が浮かんでいる。誰かを待っている――そんな風だ。
 思わず、私は窓枠の縁に身体を隠した。こちらは二階で距離があるし、夕日が反射している所為で向こうからは見えにくいはずだ。何となく見つかりたくない。あの横顔を見ているだけで、普段は胸にしまい込んでいる水野への罪悪感がふつふつと喉元に沸いてくる。私は殆ど無意識に、数ヶ月前の出来事を思い出していた。
――今回のテスト、一番順位の低かった人が、バツゲームとして水野の補聴器を取ってくるっていうのはどう?
 最初にそう提案したのは、いつも一緒にいるグループで一番成績の良い子だった。
 退屈すぎたゆえの言葉だったのだと思う。ちょうど生まれ年に大規模な娯楽文化の規制が始まったことにより、私たちは見聞きするもの全てを大人たちに制限されてきた。情操に悪影響だと判断された文化や言葉はすべからく排除され、行政の基準によって『良い』とされたものだけが、娯楽として認められることになった。心象に良い映画、ためになるドキュメント、脳に好影響の音楽。美しく優しく清らかなものしか取り入れていない私たちの身体は、約十七年の間に既に世界に飽きていた。
 勿論、この規制だけが原因というわけじゃないだろう。けれど、明らかに要因の一つにはなっている。風邪を引く度に身体が抗体を作るように、悪いことを悪いと判断することを教えてくれる文化は必要だ。けれど今となってはそれが無い。おかげで私たちは、自分でも呆れるほど善悪を区別する能力に乏しいのだ。
 そして水野は、クラスでも特別な『異分子』だ。
 生まれつきの難聴なのだ。完全に聞こえないというわけではないみたいだけど、小さい声や音、特に背後からのそれに鈍い。同じクラスになった当初は、皆まだ彼女に対して自然に気を遣えていたと思う。けれど、「ハンデのある人には優しくしてあげましょう」「皆で水野さんを助けてあげましょう」とことあるごとに発される教師の言葉が、水野をクラスの異分子として際立たせていった。
 水野自身が大人しかったのもあった。素直で穏やかで優しい反面、自分からはあまり話さず、何をされても何を言われてもにこにこしている。誰に対しても従順な彼女に、クラスメイトたちはある意味で甘えていた。持ち物を隠したり、わざとぶつかって転ばせたり、耳のことでからかい倒して困らせたり。勿論、表面上では仲良くしている。けれど教師が見ていないところでは、水野は皆のストレスや退屈の捌け口として扱われていた。
――良いね、面白そう。賛成。
――私も。そういう条件があったら、勉強頑張れるし。
 一番成績の良い子が出した提案に、他の子はすぐに乗っかった。
――ありすは?
 そう話を振られた時、私は少なからず動揺していたと思う。テストの順位と水野の補聴器が、どこでどう繋がるのか全く理解ができなかったからだ。し、実際、関連性なんて微塵も無かった。数人のグループ内でさえも格付けし、そのヒエラルキーを示す安易な道具として、またただの退屈凌ぎの玩具として、水野は良いように使われていただけだ。
 けれどそれを感じていたにも関わらず、私の口は勝手に安易な答えを出した。
――うん。良いよ。
 何で、あんな風に答えてしまったのか。